Otonami Story

2022.06.30

植物の生命から色をいただいて。伝えていきたい豊かな色彩世界。

Interviewee

ATELIER SHIMURA 志村昌司さん

効率化を重視する現代においては合成染料が主流となっていますが、人間の生活にずっと寄り添ってきた染色技法は実は草木染め。人々の衣服を染める染料は長きに渡り植物から作られており、その歴史は縄文時代まで遡るといわれています。

「草木染めの基本は昔から変わっていないんですよ」と話すのは、株式会社ATELIER SHIMURAの代表取締役である志村昌司さん。染織家であり人間国宝・志村ふくみさんの孫である昌司さんを中心に、次世代の作り手によって生まれた染織ブランド『アトリエシムラ』は、植物の美しい色彩世界を伝えたいという想いを持ち、活動の場を広げています。

そんなアトリエシムラの哲学は、根・枝・葉といった植物の生命から受け取った色を使い、五感を使って染めること。志村さんひいてはアトリエシムラが今日に至るまでの“story”をお届けします。(写真:上杉遥)

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染織を通して大切にしてきたものづくりの精神

染織家であり人間国宝の志村ふくみさんと、その娘で同じく染織家である志村洋子さん。このお二人は、この世界では知らない人はいない作家です。“しむらのいろ”と呼ばれる透明感のある色合いはあまりにも有名。そんなお二人の芸術精神や技術を継承するために誕生したブランドが『アトリエシムラ』であり、その源流は柳宗悦の民藝運動にまで遡ります。
ふくみさんの両親であった小野元澄さん・豊さんは滋賀県・近江八幡で開業医を営みながら、民藝作家たちと親交を深めていました。そこで民藝運動を先導していた柳宗悦らの影響を受けたふくみさんは、草木染めと紬織による染織の道に入ることとなったのです。

同じ植物であっても、毎年異なる趣を見せるところが面白い(写真:刑部信人)

色との出会いは一期一会。色は植物の生命からいただいもの。そんなふくみさんの思想がアトリエシムラの原点ですが、ふくみさんは自由な発想で独自の作品を制作したことでも知られています。「古代裂などの伝統的な文様の写しではなく、自らの心象風景を織り上げることに取り組みました。現代では当たり前になった“自己表現”ですが、当時は先進的だったと思います」と話すのは、株式会社ATELIER SHIMURAの代表取締役である志村昌司さん。日本の色彩論だけでなく、ドイツの文学者・ゲーテの『色彩論』や思想家・ルドルフ シュタイナーの『色彩の本質』といった、西洋の色彩論と出会ったことで、日本と西洋の色彩論を融合。伝統的な着物という枠に収まらず、“色”という普遍的な美を目指して活動を続けてきたのです。

時代の流れと向き合い門戸を開放

ふくみさんと洋子さんの都機工房では長年にわたり制作活動を行なってきましたが、2011年の東日本大震災と福島原発事故の危機をきっかけに、工房の在り方そのものについて考え始めたと昌司さんは話します。「3.11の出来事を通して、自然と人間の未来について問われていると感じました。私たちのような工芸の世界はわりと閉じられていて、社会と交流する機会があまりありませんでした。しかし今の時代、もっと社会に開かれた場所を作り発信していかなければならないと考えた末、2013年に芸術教育の場として『アルスシムラ』を設立しました。幸い多くの方に来ていただいており、今後も染織を通じて私たちの想いを伝え続けていきたいと思っています」。

アルスシムラでの学びの様子(写真:刑部信人)

アルスシムラでは染色や織りの技術についてはもちろん、自然に対する独自の思想も体験的に学びます。卒業後、学んだことを活かせる染織の仕事に就くのはなかなか難しかったそうで「卒業生が活躍できる場を作りたい」という気持ちが昌司さんたちの中で膨らんでいきました。そして2016年、染織ブランドとして設立されたものがアトリエシムラなのです。

普遍的な自然の美を五感で感じて

atelier shimuraがスタートして約5年。そのうち2年間はコロナ禍でほぼ身動きが取れず、苦労の日々を過ごしたと昌司さんは話します。そして、ようやく落ち着きを見せたころに起こったものが、2022年のウクライナ危機でした。
「休みなく危機が私たちを襲っていますが、だからこそ手仕事の良さが生かされるのでは……と、思い至るようになりました。ウクライナの防空壕で小さな女の子が歌って周りの雰囲気を和ませたというニュースがありましたが、このように美しいものは人々の心を救済する力を持っています。私たちの色彩世界も同じ力を持っていて、不安定な世の中だからこそ、必要とされるはずだと思います」。

「アトリエシムラ Shop & Gallery 東京・成城」でのワークショップの様子(写真:刑部信人)

事実コロナ禍でも染め織りのワークショップに参加する人は多かったそうで、「美しいもの、自然に触れたいという気持ちは不変だからでは」と昌司さんは感じているとのこと。染織や機織りの体験は一見ハードルが高そうですが、アトリエシムラの草木染めや織りは技術的にはシンプルなので、初心者も最後まで楽しく取り組めます。大切なのは技術だけでなく、五感を使って染めたり織ったりすること。透明感あふれる色の美しさにくぎ付けになったり、染料から立ち上る植物の香りを吸い込んだり、風に布がはためく音に耳を傾けたり……。そうして自然を身近に感じ、自分の心の声に集中していくことで、よりよい作品ができると考えられています。

自然に触れ自分と向き合う時間となることを願って

ふくみさんから続くアトリエシムラの世界は、ある意味現代とマッチしたものだと昌司さんは考えています。その理由は自由に制作し、自由に表現できるところ。自然に触れることで内面を解放し、自分の中にあるイメージで染めや織りを行うため、同じものを作ったとしても一人ひとり全く違う作品となります。個々人の心の在り方と生き様が込められる草木染めは、自己表現が自由にできるようになった現代に合致する表現方法のひとつと言えるでしょう。

自ら染めた糸などを組み合わせ、内面のイメージを機織りで表現(写真:刑部信人)

目まぐるしく状況が変わる昨今、どのように新しい出会いの場を作っていくかを模索していた昌司さん。これまでとは異なる角度で広く一般の方に訴求していくためデジタルプラットフォームに着目し、Otonamiとの体験企画が実現しました。自然と人間の共生を象徴するかのような草木染め。体験を通じて、太古から受け継がれてきた手仕事の本質に触れてはいかがでしょうか。

アトリエシムラ

染織家であり人間国宝の志村ふくみさんと、その娘で同じく染織家の洋子さんの芸術精神を継承するブランド。伝統を引き継ぐのは、ふくみさんの孫である志村昌司さんを中心とした作り手たち。京都・嵯峨野のアトリエを拠点に、四季折々の植物から色をいただいて糸を染め、手機で着物やストール、小物などを制作している。

MAP

京都市下京区河原町通四条下ル市之町251-2 壽ビルディング2F

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