Otonami Story
2023.5.31
温故創新。ファッションとして楽しめる着物を届け続ける。
Interviewee
KAPUKI 店主 腰塚玲子さん
春には目黒川に沿って薄桃色の美しい桜並木が楽しめる、東京・中目黒。その目黒川沿いで“伝統は革新の連続”をコンセプトにした着物屋「KAPUKI」を営むのは、店主で着物スタイリストの腰塚玲子さんです。
「着物ってみんなが想像する以上に自由で楽なんですよ」と笑顔で語る玲子さん。KAPUKIは、ジャパンメイドのデニムブランド「FDMTL(ファンダメンタル)」と共同制作したデニム着物や、レザー製の「帯ベルト」など、特別な日の装いという着物のイメージを一新するモダンなスタイルを提案し続けています。
着物とはほとんど無縁の生活から、着物屋の店主へ。玲子さんの着物との出逢いから今に至るまでの、偶然と必然が織りなす“story”の扉を開きます。
日常にファッションがあふれた学生時代から、スタイリストの道へ
東京出身の玲子さん。高校時代には、すでにファッションへの強い関心を抱いていたそうです。当時からファッションとカルチャーの中心地である原宿や渋谷、お気に入りのセレクトショップへと足繫く通い、独自のセンスに磨きをかけていきました。
大学卒業後、自分の“好き”に素直に導かれるかたちで、人気女性ファッション雑誌で活躍するスタイリストのアシスタントとしてファッションの世界に飛び込んだ玲子さん。そうして経験を重ね、数年後にスタイリストとして独り立ちを果たすことになりました。
大量消費社会への疑問とアンサー
スタイリストとして活躍したのち、結婚・出産といった大きなライフイベントを迎え、ファッションから少し遠のいていた頃でした。その当時、相次ぐ安価なファストファッションの登場と、飽きられた服が簡単に捨てられる社会に大きな疑問を感じていた玲子さん。2011年に起きた東日本大震災も、“着るもの”に対する考え方をさらに大きく変える出来事となりました。「生きること以上に大切なことなんてないのに、次々と服を変えることに何の意味があるのかなって……」。
そんな混迷の先で「着物屋を開いてはどうか」と、想像もできないオファーが突如舞い込みます。それまで着物とはほぼ無縁の生活を送っていましたが、知るほどに着物に魅了されたという玲子さん。その理由のひとつが、着物の持続可能性でした。裁断時に端切れがほぼ生じず、糸をほどいて仕立て直したり色を染め替えたりすることも可能。そんな着物のあり方は、玲子さんの価値観に深く響いたといいます。
「10年前に買った洋服を今着ることはほとんどありません。それに比べて10年前に仕立てた着物は今でも着るし、数十年後に同じ着物を着ている姿だって想像できるんです」。玲子さんの中にあった大量消費社会への疑問は、「着物の魅力と可能性を広める」という答えに自然とたどり着きました。
着物屋を開く決意をした日を境に、毎日着物で過ごす生活を始めたそう。「暑い時期だったので、朝起きたら浴衣を着て半巾帯を結ぶところから始めました。そのままたすき掛けをして、すべての家事から子どもの送迎までも着物でこなしていましたね。着付けを習いに行く時間がなかったので、動画サイトを参考に自分で覚えました」。
ところが開店準備中、玲子さんは大きな事実に直面。「商品のラインナップを決める以前に、まず自分が着たいと思えるファッショナブルな着物がほとんど見つからなかったんです」。ここから“ファッションとして気軽に楽しめる着物”への探求が始まります。
現代のライフスタイルに寄り添う着物を求めて
玲子さんは、ファッションの世界で培った自分の直感と嗅覚を信じて、惹かれた作家さんやメーカーさんに直接交渉をしていきました。Otonamiで体験する「デニム着物」と「帯ベルト」は、そんな熱意が生み出したアイテムの代表格です。日本有数のデニムの産地・岡山で作られるデニム着物は、特有の風合いや加工を活かし個性がありながら、自宅で容易にお手入れができます。帯ベルトについても「帯結びの煩雑さを解消したうえで、他にはないおしゃれさを兼ね備えたかった」と、制作の背景を明かします。洋服が主流になった現代に歩み寄る新しい着物は、こうして誕生しました。
Otonamiの体験では、玲子さん自らゲスト一人ひとりに合わせたパーソナルスタイリングを実施。その人が持つ魅力を最大限に引き出す着こなしを提案します。スタイリングとは、その名の通り“かたちづくる”こと。「同じ着物でも着る人が違えば、衿合わせの角度ひとつとっても違ってくるんです」。ファッションのプロ直々のスタイリング体験は、普段の美意識までもアップデートしてくれます。「体験を通して、着物がファッションとして楽しめること、自由で楽な衣服であることを体感してほしいです」。
着物はおしなべて高級で、あらたまった席でのみ着るものというイメージが根強く残っていると、玲子さんは感じています。「場に合わせた着物選びも大切ですし、旬を楽しむのも着物の醍醐味。でも、“それだけじゃない”ことをもっと伝えていきたいんです」と、玲子さんは話します。
着物を通じてこれからも“傾き”続けていきたい
歌舞伎の語源である「傾く(かぶく)」。既存の考えにとらわれずに流行を取り入れ、人々を楽しませるという意味の言葉です。ある人から贈られた「玲子さん、これからも傾き続けてくださいね」という言葉がとても心に響き、店名を「KAPUKI」に決めたのだそう。“暗黙の着物ルール”に縛られることなく、もっと自由に……。そんな願いが詰まっています。
着物に関する知識欲がさらに増しているという玲子さん。帯や着物の工房を訪ね、日本のみならず世界の伝統文様や柄、モチーフが持つ意味や由来などを積極的に学んでいるそうです。「学ぶほどに奥が深く、いまだに新鮮な驚きや感動に多く出逢います。私が受けた感動をKAPUKIで出逢うお客さまと共有できれば、その方にとって、着物がまた違った特別な意味を持つかもしれませんよね」と、ほほえみながら話します。玲子さんが導く“着物の入り口”は、私たちにとっての新しいstoryのはじまりになるかもしれません。
KAPUKI
2014年、中目黒にオープン。“伝統は革新の連続”をコンセプトに、伝統を守りながらも、粋で格好良いファッションとして楽しむ着物を提案。店内には、「FDMTL」とのコラボレーションで生まれたデニム着物や「SOMARTA」のデザインによる帯ベルトのほか、作家や職人との交流から誕生したオリジナル商品、日本各地からセレクトした商品もラインナップしている。
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