Otonami Story
2022.03.08
野菜らしさを第一に。本物の京漬物のおいしさを、お客様と分かち合いたい。
Interviewee
株式会社近清 櫻井慎也さん(十代目近江屋清右衛門)
京漬物の老舗『近清』の再建を任され、十代目として伝統の味を引き継ぐ櫻井慎也さん。「お客様に『うちのお漬物はお日保ちしません』と言うんですが、それがうちの最大の特徴であり自慢でもあります」と話します。
『近清』が創業したのは1764(明和元)年。250年間ずっと製法を守り、近代になって登場した化学調味料や保存料も一切使用してきませんでした。そのため近清のお漬物は、完全無添加。古来の乳酸菌発酵で漬けているため、体に優しく野菜本体の味わいが残されています。
お米の消費量減少に伴い需要が減っているお漬物。「若い人の食生活にもっと漬物を取り入れてほしい」と願っている櫻井さんが、時代の流れに応じて挑戦し続ける“story”について紐解きます。
新撰組も愛した京漬物を受け継ぐ
「いま近清があるのは、八代将軍の座についた徳川吉宗の改革があったからでしょう」。財政立て直しのための規制緩和のおかげで、農民も直接販売することが可能になった「享保の改革」。その波に乗り滋賀県草津で米問屋を営んでいた初代清右衛門は、近江の産物を販売する直営店「近江屋」を、現六条通にあった魚の棚通に構えます。その際「売れ残りの野菜を捨てるのはもったいない」と、ぬかや味噌に漬けて販売したところ「おいしい」と都で評判に。これを機に京都へと移り、屋号も「近清」へと変更。漬物屋としてスタートしたのは1764(明和元)年のことでした。
初代が漬物屋を出したのは本願寺境内の楽市でした。そんな縁で江戸時代半ばから明治初期まで、東本願寺と西本願寺の両お膳場に漬物を納めていたとか。西本願寺といえば、江戸時代末期に新撰組が屯所を置いた地。近清の漬物は、新撰組の隊士たちも口にした味なのです。
とりわけ喜ばれたものが、多種多様な奈良漬と本干のぬか沢庵。出動前にお茶漬けをかっ込む隊士たちのために、西本願寺のお膳場には常に沢庵と奈良漬がみじん切りにして盛られていたと伝わります。そんな新撰組に愛された本干沢庵と瓜奈良漬は、今も販売されているロングセラー商品です。
“全商品が国産・無添加”を守り、長年の信頼に応える
京都に約90社ある漬物屋において、近清は最古の老舗です。近清のお漬物といえば、全商品が国産で無添加。「昔からやってきたことを、やり続けているだけ」と櫻井さんは言いますが、昨今すべての材料を国産で揃えることは容易ではありません。
例えば10月~3月にかけ登場する長ナス。例年10月は熊本や福岡で調達しているものの、昨年は気候変動のために収穫が難しく、探しにさがし回ってようやく栃木県産の長ナスを見つけたとのこと。「旬のものをお届けしたいのですが、これまでのように各産地で確実に収穫できるとは限りません。常に情報が入るようアンテナを張り巡らせ、いろんな産地の農家さんとお付き合いするようにしていますね」。
近清には昔からのお客様であるホテルや料理店も多く、春キャベツやタケノコ、オクラなど、他では目にすることのない珍しい旬野菜の漬物も取り扱っています。「ご贔屓にしてくださるお客様の信頼に応え、喜んでいただくことが何よりですね」。
野菜本来の味わいを生かしたお漬物づくりを貫く
お漬物の味わいに直結するーー。だからこそ近清では国産素材にこだわっています。「良質な素材だと味の調整が少なくて済む。つまり、素材の味を生かすだけでいいんです。今冬は蕪の出来が良かったため千枚漬けが普段以上に売れ、改めて素材の大切さを実感しました」と微笑む櫻井さん。
近清のお漬物を初めて食べた方の中には「いつも食べている漬物より味が薄い」と感じることもあるかと思います。しかしそれは江戸時代より伝わる”野菜の旨味を生かした味付け”であり、乳酸菌発酵から生まれたお漬物本来の味。「とあるお客様に『近清のお漬物はきちんと野菜の味がわかる』と言っていただき、本当にうれしかったです。うちの漬物が記憶にも体にも忘れられない味になったのだと実感できましたね」。
先代が祖先から受け継いだ形あるものは、鉋(かんな)と重石のみ。知恵を絞り、自然の摂理に逆らうことなく基本に忠実に作ることが大切だと教えられてきたと話します。創業以来、口伝で伝わる漬物作りの奥義は「どばっと塩、どさっと重石、しっかりあく抜き、後は適当」。
櫻井さんいわく「“後は適当”とは、その時代の流行やお客様の嗜好に合わせて味を定めよとの教え。創意工夫、商品の見直しを常に怠るなという意味も込められているのでしょう」と笑います。変わりゆくことを恐れず努力を続ける。だからこそ近清のお漬物の味わいは常に見直され、洗練されているのです。
お漬物がもっと“身近な存在”になることを願って
発酵食品であるお漬物には乳酸菌が含まれており、最近注目されている腸活にも取り入れやすい食品。しかも野菜のお漬物は旨みとビタミン、ミネラルなどの栄養が凝縮されています。「近年の漬物離れは著しい。体にやさしくておいしいお漬物を、若い人にどうやって食べていただくかが今後の鍵になるでしょう」と櫻井さん。そこで考えたものが、京都観光の合間に立ち寄れる気軽なぬか漬け体験です。
工夫した点は、お漬物のイメージを改善するところ。キュウリやニンジン、ナスといった定番野菜だけでなく、アボカドやミニトマト、パプリカといったお漬物のイメージにはない野菜も取り入れて、女性の興味を引く工夫をしたそうです。
また通常のぬか床は一週間程度の熟成工程が必要ですが、近清で販売している「熟成ぬか床」を加えることでその日から漬けることが可能に。「この体験を始めてみると『祖母のぬか床を再現したい』といった方や、男性の方が体験に積極的だったカップルなど、意外なお客様もいらっしゃいました。漬物需要は予想外のところに潜んでいるのかもしれませんね」
気軽に京漬物の伝統に触れられる場所を
明治時代半ばには京都を代表して何度も勧業博覧会に出品し、1977(昭和52)年に「京都市が選ぶ老舗」(100年以上の歴史がある伝統産業のお店)にも選定された近清。2004(平成16)年には千枚漬とすぐき、しば漬が京都ブランドの認証を正式に受けました。
そんな京漬物を代表する近清の櫻井さんは「将来的にはお漬物を食べてもらえる場所を作りたい」と言います。「昔ながらの製法や味を守ることはもちろん、漬物業界の発展にも寄与していかなければなりません。そのため若い人に親しんでもらえる味わいのお漬物の開発なども欠かせないでしょう。そして“京都に来たらここでお漬物を食べられる”という所を設けることは、京都で一番古い漬物屋である弊社が目指すべきことだと思います」。
ぬか漬け体験は、そんな夢への布石の一つ。野菜を切ってぬか床を作り、野菜を漬けるだけのシンプルな工程で、どなたでもぬか漬けを作ることができるようになっています。その手軽さと発酵食品の良さに触れたら、きっとお漬物を日々の食事に取り入れたくなるはず。近清が250年受け継いできたこだわりと想いを体感しに来てみませんか。
株式会社近清
創業1764(明和元)年の老舗京漬物店。 すべての商品において国産・無添加を貫き、野菜本来のやさしい味を生かした漬け物を製造。江戸末期には西本願寺に屯所を置く新撰組に沢庵を納め、明治中期には京都代表として幾度となく勧業博覧会に出品。「胡瓜奈良漬」で大賞を受賞するなど、その味は時代を超えて評価されている。
MAP
京都市中京区大阪材木町699