Otonami Story
2023.4.11
自ら獲物を狩る料理人。日本の自然と食文化の未来を変える挑戦。
Interviewee
LATURE オーナーシェフ 室田拓人さん
渋谷の若いエネルギーと表参道の洗練された雰囲気が交錯する、渋谷2丁目。名店ひしめくこのエリアでひときわ注目を集めるフレンチレストランが、狩猟免許を持つ室田拓人さんがオーナーシェフを務める「LATURE」です。
2016年の開業以来、『Gault&Millau(ゴ・エ・ミヨ)』にて“明日のグランシェフ賞”を受賞、『ミシュランガイド東京』で連続して一つ星を獲得するなど、輝かしい実績を積み上げる室田さん。しかし、実際に本人と話してみると、その眼はもっとずっと遠い未来を見据えていることに気づきます。
「ジビエをはじめ、すべての食材は命であり、限りのあるもの」と語る室田さん。その食材選びから調理法、そしてレストラン外での活動に至るまで、徹底して貫かれた信念にまつわる“story”を紐解きます。
地元の料理教室で抱いた「かっこいい料理人」への憧れ
忙しく働く親に代わり、小学生の頃から料理を作ることが多かったという室田さん。社員寮を営むおばあさまが料理する姿を眺めたり、築地での買い出しを手伝ったりと、料理への関心は高かったそうですが、料理人を目指す決定的なきっかけとなったのは、地元の公民館で開催された子ども向けの料理教室でした。当時テレビなどでも活躍していた人気料理人・陳健一さんが、子どもたちのために惜しみなくその技を披露する姿を見て、料理人という職業に強い憧れを持ったのだといいます。
はじめて食べたブーダンノワールの衝撃
調理師専門学校へ通う室田さんがフレンチへの道を志したのは、フレンチの名店「ル・マノアール・ダスティン」で食べた料理がきっかけでした。フレンチを食べるのがはじめてだった室田さんは、そこで食べたブーダンノワール(豚の血を使った腸詰め)に衝撃を受けます。
「塩気のあるソーセージにリンゴのピュレを組み合わせるのが意外で、でも驚くほどおいしかった。豚の血という、普通なら捨てられてしまうものまで食材として活かすフレンチの可能性にも胸が高鳴りました」。
ジビエへのこだわりが高じて狩猟免許を取得
専門学校を卒業し、フランス料理店で腕を磨くうちに興味が高まったのはジビエでした。フレンチでは冬のごちそうの定番でありながら、当時の日本ではなじみの薄かったジビエ。もっと深く学びたいという想いで門を叩いたのは、フレンチの名店であり、ジビエ料理で名高い「レストラン タテルヨシノ」でした。
タテルヨシノで正統派クラシックフレンチの腕を磨きつつ、ジビエの下処理や料理を担当するうちに、個体差の大きいジビエをどうおいしくするかという技術も自然と身についていきました。それと同時に、ジビエそのものの個体差に加えて、獲った後の処理の違いでも味に大きな違いが出ることに気づいたのです。
もっとおいしいジビエ料理を作るには、いっそのこと自分で獲ってしまえばいいのでは……?そう考えた室田さんは、人気フレンチ「deco」のシェフに就任した2010年に狩猟免許を取得します。
自らがハンターとして森に入り、仕留めた獲物を一から処理する。それは、料理人にとっては理想ともいえる仕事でしたが、同時に、食材が命であることを再確認する作業でもありました。また、猟の道中に目にする日本各地の田畑では、規格外の野菜が大量に廃棄されているのを何度も目にし、心を痛めました。血の一滴さえもムダにしない、室田さんの食材に対する想いは、こうして育まれていったのです。
decoでの経験を経て、2016年に開業した「LATURE」。「Nature(自然)」と「Larme(雫)」という2つのフランス語を組み合わせたその店名には、野菜や果物の水分も、ワインも、肉汁も、血の一滴も……すべての自然の恵みを活かしきってフレンチで表現するという、室田さんの心意気が滲み出ています。
フレンチの真髄は、地元の食材を愛して活かすこと
LATUREでは、日本産の食材が豊富に使われています。千葉県の自社農園で採れた有機野菜、室田さんが信頼を置く酪農家や漁師、ハンターなどから仕入れる食材の数々。フランス産のブランド食材ではなく、日本産の食材にこだわる理由を聞いてみると、意外にもフレンチの伝統にその答えはありました。
「フランス料理というのは、地方料理の集まりなんです。どれも故郷の食材への愛が根底にある。日本でフレンチを作るからには、日本の食材のおいしさを最大限に活かした料理を作りたいんです」。室田さんは穏やかに、しかし情熱を込めて話してくれました。
食べものや環境に影響されるジビエは、獲れる場所によって大きく味が異なります。それだけに、「日本で育ったジビエは世界に誇れる魅力がある」と、室田さんは感じています。その一方で、昨今日本の野山ではイノシシやシカが増え過ぎて、樹木や農作物の食害などが問題になっています。「害獣として撃たれた獲物のうち、ジビエとして消費されるのはほんのひと握り。残りの大半が処分されてしまう現状を変えたい」と語ります。
目指すのは、日本の家庭でもジビエを食べられるくらい、フレンチを身近な料理にすること、そして日本のジビエを一般的な食材として普及させること。そのために、缶詰の開発に関わったり、子ども向け料理教室を開いたりと、レストランの外でも積極的に活動しています。
Otonamiで開催する体験もまた、フレンチの垣根を少しでも低くし、多くの人にそのおいしさと面白さを伝えたいという室田さんの想いから実現したものです。
食材へのこだわりは、ジビエだけに留まりません。室田さんが立ち上げにも関わった海の未来を考える料理人チーム「Chefs for the Blue(シェフズ フォー ザ ブルー)」の活動では、日本の水産資源を守る取り組みにも尽力しています。LATUREで取り扱う魚介類も、サステナブルな方法で獲られたものに限って仕入れ、魚卵や稚魚はなるべく避ける、川の魚や混獲魚も使うなど、一皿一皿に工夫を凝らしています。
渋谷から世界に発信する、日本の食材とフレンチの可能性
室田さんの掲げる理想や輝かしい経歴を聞くと、来店時に身構えてしまいそうになりますが、LATUREの扉を開けたときに広がるのは、四季の草花で飾られ、カウンター席からは料理人の姿が見えるような、親しみやすく心地よい空間です。伝統的なフレンチの技法を駆使しながらも、プレゼンテーションは大胆で、若いお客さんも多いのだそう。「はじめて訪れるフレンチレストランになりたい」と語る室田さんが見つめるのは、より多くの人の心に、フレンチや日本の食材のおいしさが根付く未来です。
LATURE
レストランタテルヨシノで腕を磨き、狩猟免許を持つシェフ・室田拓人氏が営むフレンチレストラン。開業した2016年にGault&Millau(ゴ・エ・ミヨ)にて“明日のグランシェフ賞”を受賞したほか、ミシュランガイド東京で4年連続一つ星を獲得するなど、業界の注目を集める。鮮度と調理方法に絶対の自信を持つジビエ料理をはじめ、おいしくてエシカルな日本の食材を使い、自然のエッセンスを感じられる力強い料理を提供する。
MAP
東京都渋谷区渋谷2丁目2−2 青山ルカビル B1F