Otonami Story
2021.12.14
糸が織りなす色彩に魅せられて。織物を通して心にうるおいを届けたい。
Interviewee
桝屋髙尾 代表取締役社長 髙尾朱子さん
「織物は、経糸と緯糸が交差することではじめて色彩が生まれます。織ってみるまでわからないからこそ、自分が表現したいものができたときは本当に感動しますし、しびれますね」。
チャーミングな笑顔でそう語るのは、『株式会社桝屋髙尾』代表取締役社長の髙尾朱子さん。京都・西陣で約90年続く機屋の家庭に生まれ、現在は4代目当主を務めています。
色とりどりに染められた糸を使い、華やかな紋様を織り上げる西陣織。幼い頃から伝統工芸が身近にある環境で育った髙尾さんは、いつしかその美しさのとりこになっていたといいます。
桝屋髙尾のモットーは“美しい色と織により、社会や人々の心にうるおいをもたらす”こと。代々受け継がれてきた伝統の技と美意識を守りながら、次世代へとつなげていきたいものづくりへの想いとは。桝屋髙尾が紡いできた“story”を探ります。
先代が生み出した「ねん金糸」は桝屋髙尾の技の真骨頂
京都市北西部に位置する西陣エリア。京都の街を主戦場とした応仁の乱(1467-1477)の折、西軍が本陣を構えたことからそう呼ばれるようになりました。この地で作られる先染めの織物の総称こそ“西陣織”であり、帯を中心に製造を手がける桝屋髙尾は、髙尾さんの祖父が1930年に創業しました。
桝屋髙尾の代名詞といえるものが、真綿の糸に金色や銀色の箔を巻き付けた「ねん金糸」。名古屋にある徳川美術館から「黄金のねん金袱紗」の復元を依頼されたことがきっかけとなり、髙尾さんのお父様であり3代目当主の髙尾弘氏は、元となる織物を研究。素材の最大の特徴であったねん金糸を独自に開発し、見事に復元を成功させたのです。
「その後は、ねん金糸が持つ魅力を伝えるべく、様々なものづくりに取り組むようになりました。織物の材料となる糸は基本的にすべて糸屋から仕入れますが、ねん金糸だけは自分たちで製造しています」。ねん金糸が織り込まれた織物は上品な煌めきを放ち、光の当たり具合により多彩な表情を見せてくれるところが最大の魅力。あえてツヤを消したものや、漆や和紙を使ったものなど、近年は新たなねん金糸の開発にも取り組んでいます。
色を織る仕事に感じたご縁。30歳で家業に入ることを決意
三姉妹の末っ子として誕生した髙尾さんは、家業に入るとは思いもよらなかったそう。大学卒業後は一般企業に就職し、ジュエリーの営業を行っていました。「親から跡を継ぎなさいと言われたことはありませんでしたね。仕事は充実していて楽しかったのですが、30歳になるのを前に行き詰まりを感じて退職。桝屋髙尾に入社することにしました」。
「まずは3年間やってみて、その後どうするかはそれから考えようと思っていました。桝屋髙尾に入社するにあたり、ひとつだけ決めていたのは“自分が跡継ぎである”という顔をしないこと。台帳材料を持って機場をまわる出機まわりや、できあがった織物を整理する絹そうじ。ときには一般事務もこなし、機屋のいろはを一から学びました」。
そして3年が経ち決断を迷っていた髙尾さんは、姓名判断で有名な晴明神社を訪れます。そこで人生相談をしたところいただいた助言が、「色彩にかかわる仕事をすると良い」だったのです。
「私の“朱子”という名前は、色に由来し、また織物の組織の名前でもあります。美しい色彩を織物で表現するこの仕事を続けることはご縁だと感じ、跡を継ごうと決意。また一から修行をさせてほしいと、父に願い出ました」と、跡継ぎ修行を始めて20年、髙尾さんは2016年に4代目当主に就任したのです。
出会うたび心が震える、織物でしかできない色彩表現
お父様の背中を見て育ってきた髙尾さん。「父は作家的な性格が強い人で、あらゆる文化に対する造詣が深く、飽きのこない美しさを追求していました。だからこそ家には父が美しいと感じる設えやうつわが揃えられ、工房には美しい帯や絹糸が並んでいて……。幼い頃から何気なく目にしていたものが、自分の美意識のもとになっているのだと思います」。
織物は生地そのものに色を塗ったり染めたりするのではなく、経糸と緯糸との組み合わせにより色彩を表現します。「織物でしか表現できない色彩との思いがけない出会いにはいつも新鮮な驚きがあり、その感動は言葉では言い尽くせません」。色彩の美しさはもちろんのこと、糸の重なりによるやさしい手ざわり、手仕事ならではのあたたかみまで、すべてが何ものにも代えがたい織物の魅力だと、髙尾社長は目を細めます。
閉じていた職人の世界に吹いている新しい風
工房の一般公開と機織り体験は、髙尾さんが当主となってからはじめた取り組みです。「わたしたちは、作るもの一つひとつに心を込めています。いわば我が子のように大切な存在で、そこには命が宿っています。しかし流通過程を経てお客様の手元に届くまでのあいだに、それが失われてしまう気がするんです。だからこそ、ものが生まれる現場をお見せして、作り手の想いを直接伝えることに意味があるのだと思っています」。
「工房にお越しいただいた方々とお話をするのが本当に楽しいんです」と髙尾さん。美しさに対する感覚や好きなものが似ているからこそ、多くを語らずとも通じ合えていて、心から喜んでくださっているのがわかるといいます。
お客様との交流は、現場で働く職人にとっても良い刺激となっています。「お客様からいただく熱量によって、淡々と進められていく職人仕事に彩りが添えられていくことを実感しました」という声が聞かれるほか、「新しいワークショップを考えてみよう」「こうしたらもっと楽しくできるんじゃないか」と、職人たちが積極的にアイディアを出してくれるようになったそう。「そのうち私は工房から追い出されてしまうかもしれません」と、髙尾さんは冗談まじりに話します。
「お客様からいただいた言葉は、わたしたちが次へと進むエネルギーとなり、心のうるおいにもなっています。そして、わたしたちが生み出すものが、みなさんの心にうるおいをもたらす……。この先もずっと、そんな循環を維持できたら嬉しいですね」。
織物とのふれあいを通して、地球を大切にする心を
昨今、多くの企業がSDGs(持続可能な開発目標)の達成に向けた取り組みを行うなか、桝屋髙尾でも糸や裂(きれ)の再生プログラムを始めています。「これまで捨てていた糸を使って新しい織物をつくること、半端の裂地で小物を作ることで、新しい姿に生まれ変わらせる試みです。ものに宿っている命の大切さと、その命をきちんと使いきる大切さ。みなさんの心に“大切”という言葉が沁みわたり、わたしたちが地球を大切にしながら生きることにつながっていったら理想です」。
他にも「いつもと違う帯を締めてみて、自分の着物がよみがえったと思える感動体験をしてほしいんです。そして『着物って素敵だな、楽しいな』と感じてもらえるきっかけになれば」と、手持ちの着物に合わせた帯を提案して貸し出を行うサービスも計画中。これは‶モノ”から‶コト”への転換を行う再生プログラムです。髙尾社長のこれからの目標は、桝屋髙尾を着物への理解をより深められる拠点として育てること。その歩みは、力強く着実に前へと進んでいます。
熟練の職人から手ほどきを受けながら、現役で使われている機織り機を操作し、世界にひとつだけの作品を作る桝屋高尾の製織体験。ねん金糸をはじめとする様々な材料や道具は、実際に手に取って見ることができます。ひと越し、そしてもうひと越しと機織り機を動かす時間は、ただ単にものを作るだけではない、ものの命と向き合う時間となることでしょう。桝屋髙尾の美しさへのこだわりとものづくりへの想いを感じられる、貴重なひとときを過ごしてみませんか。
桝屋髙尾
創業90年以上の老舗織元工房。徳川美術館より「黄金のねん金袱紗」の復元を依頼されたことをきっかけに、真綿の糸に箔を巻き付けて作る「ねん金」の技術を開発。きめ細やかな煌めきが美しい「ねん金糸」を用いた製品を独自で制作・販売している。西陣織の帯を中心に、アクセサリーや服飾雑貨など、美と伝統を継承する多彩な製品を作り上げている。
MAP
京都府京都市上京区寺ノ内通大宮一丁目西入下ル聖天町30(桝屋高尾 聖天町工房)