Otonami Story

2022.08.24

舞と謡に宿る生きざま。全身全霊で挑む、能楽の継承。

Interviewee

世田谷長山能舞台 長山桂三さん

東京都世田谷区の閑静な住宅街に現れる「世田谷長山能舞台」。6年もの構想を経て建てられたこの能舞台は、素材と設備へのこだわりが散りばめられ、住宅に併設されたとは思えない本格仕様です。2017年の落成以来、能楽師のみならず一般の愛好家にまで大きく門戸を開いてきました。

唯一無二のこの舞台を拠点に国内外で活躍するのは、能楽師の長山桂三さん。観世流シテ方として、自らの稽古の傍ら一般向けの稽古にも力を入れています。

「舞台の上では演者の生きざまがそのままにじみ出るような気がします」と長山さん。芸を磨くこと以上に大切なのは、豊かな経験から人生に深みをもたせ、精神を研ぎ澄ませること。伝統を受け継ぐことと時代の変化に寄り添うことの両方を重んじながら、粛々と稽古に励む長山さんの“story”には、能楽師としての生きざまが刻まれていました。

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「家の子だから」ではなく、自ら選んだ能楽の道

兵庫県に5代続く能楽師の家に生まれた長山さんは、3歳から芸の道へ。中学に入ると思春期と変声期が重なり、途端に能が嫌になったそう。「当時は演じることが恥ずかしく、稽古から逃げたいと思っていました。しばらくは年に一度の発表会のために稽古を受けるのみで、能から遠ざかっていました」と振り返ります。

穏やかな雰囲気で緊張をときほぐす長山氏に、父・禮三郎氏の面影を見る

そんな状況は18歳になるまで続きます。しかし将来について考えたとき、いつものように隣の部屋で稽古をする父・禮三郎氏の謡を聞くうちに「やっぱり能が好きかもしれない」という想いが自然と込み上げてきたのでした。「父は真面目で稽古好き。単に厳格というわけではなく、優しさとウィットを持ち合わせた魅力的な人でした。稽古を強制されたことはありませんでしたね」。自らの意志で能楽師になることを決めた長山さんは、ここから本格的に能の世界へと足を踏み入れます。

演者の“生きざま”が表出してはじめて、見る者の心に響く芸となる

上京し、父の師匠である八世 観世銕之亟師、九世 銕之丞師の内弟子となったのは20歳のこと。能楽堂に住み込んで師匠や先輩と行動を共にし、舞台に立つための精神性を養いました。「師匠からは、演目を深く理解することとともに、日常が大切で身綺麗にしておくことを教わりました。おかげで整理整頓が習慣に。日々美しい心でいられるように身の回りを整えておくことは、芸への姿勢にもつながると思います」。

何十人もの演者で作る舞台には、思いやりと気配りが必要不可欠だと学んだ7年間の修行の日々

さらに、「師匠や憧れの先輩方の生きざまから学ぶものが多かった」と長山さん。「演者の中身が空虚では、技術があったとしても観る人に感動を与えられません。芸を磨くことと同時に、人生をドラマチックに彩り、生きざまをにじませることで芸に深みが出てくるような気がします」。

愛着あふれるアトリエを、多くの人が能に親しむ場に

27歳で独立し、結婚。公演の出演やお弟子さんの指導に励みながらも、東京・多摩の新居にしつらえた舞台で稽古を重ねる日々が続きました。「独立したとはいえ、技術的にはまだまだ半人前。師匠からの教えを下地に、最初に造った舞台で10年以上土台を築いていきました」。

空間とのバランスが肝となる鏡板の松の絵は、日本画家が1ヶ月間この場に通って描いた

「次はより多くの人が集まれる場を作りたい」と2017年に建てたのが、現在の活動拠点となる「世田谷長山能舞台」です。自身のアトリエとしてはもちろん、お弟子さんたちの発表会や一般向けの講座会場としても使える仕様にしました。「舞台の天井から下りてくる150インチのスクリーン、足拍子が響くよう空洞にした基礎、薙刀を振り回せる高さの天井……。ここから能を伝えていこうと、細部にまでこだわりを詰め込みました」と笑顔で語ります。Otonamiのプランでも、長山さんの想いが詰まったこの能舞台に実際に上がって舞や謡を体験することができます。

古典文学から能を知り、能を知ることで日本の心を感じる

「能は少しの知識があればより楽しめます。皆さんの能との出会いをアシストできたら」と考案したのは、『源氏物語』や『平家物語』などの古典文学を切り口にした革新的な体験プラン。長山さんの仕舞を鑑賞し、舞と謡の稽古をつけてもらえるだけでなく、物語にちなんだ面と装束をまとって舞台上での記念撮影も可能です。「能は観るよりも演じる方がもっと面白いですよ。舞って謡ってみることで視点が広がります」。

美しい装束に袖を通し、能面を掛けると、能楽師が見つめる世界が垣間見えるはず

「文学作品を入り口にすると、能が身近に感じられることはもちろん、神仏を敬う気持ちを知るなど日本の心をおのずと感じていただけるような気がします。例えば『平家物語』が題材なら、平家の武士・平敦盛の霊が登場し、仏力によって成仏するといった内容で、仏教の考え方についても触れていきたいと思います」と長山さん。舞台と客席という距離感ではなく、長山さんとともに舞台に上がることで、伝統芸能の世界が両手を広げて迎えてくれるようです。

シンプルだからこそ奥深い、能独特の表現様式を学ぶ

受け継いだものを守り伝えること、時代の価値観とともに歩むこと

能には守るべき型があり、それらは歴代の能楽師によって今日まで忠実に受け継がれてきました。「しかし実は、時代の変化に沿って柔軟に形を変えてきた部分もあるんです」と長山さん。「伝統を受け継ぐことと時代の変化に寄り添うことの両方を大切にしながら、私もこれまで教えていただいたことを息子やお弟子さんたちに伝えていきたい。そしてこの先も能が多くの人々に愛されるために、時代の価値観とともに歩んでいきたいと思っています」。

新しい要素が盛り込まれた新作能にも意欲的に取り組んでいる

「そのためにはやはり、芸を磨かなければ説得力がない」と話す長山さんは、今後もさらなる高みを目指して稽古を続けます。父から引き継いだ真面目さと優しさ、そして師匠から教わった能に向き合う心構え。長山さんの生きざまが投影された舞と謡から、果たして私たちはどのようなものを受け取るでしょうか。

世田谷長山能舞台

5代続く観世流シテ方長山禮三郎の次男で、東京を中心に全国で演能に出演する能楽師・長山桂三氏の能舞台。「早く自分の拠点となるアトリエを」との父の教え通り、2017年に自宅に能舞台を落成。能楽の普及活動のため、自身や長男・凛三氏の稽古場としてだけでなく、一般向けの趣味の稽古や定期講演を企画している。

MAP

東京都世田谷区上野毛4−31−3

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