Otonami Story
2023.6.28
一冊の本に導かれ和菓子の世界へ。なくなるからこそ美しい、儚い五感の芸術に魅せられて。
Interviewee
御菓子丸 主宰 杉山早陽子さん
アートのような繊細な姿と、四季折々の自然の恵みがもたらす豊かな味わいが魅力の「御菓子丸」の和菓子。食べるのがためらわれるような美しさですが、「食べたら消えてしまうという当たり前のことを大切にしたい」と話すのは、主宰の杉山早陽子さん。数々の著名ブランドやクリエイターとコラボレーションし、和菓子の新しい可能性を伝える和菓子作家です。
独創的で人々の心をとらえて離さない御菓子丸の和菓子は、幅広い世代から支持されています。御菓子丸の和菓子が誕生するまでの“story”は、和菓子の聖地・京都を舞台に、いくつもの出会いとともに紡がれました。
自然界に存在する様々な命の一瞬のきらめきを和菓子に落とし込み、目にする人を魅了する、杉山さんの和菓子づくりの原点に迫ります。
一冊の本との出会いで和菓子の世界へ
三重県で生まれ育ち、大学入学を機に京都へ生活の拠点を移した杉山さん。在学中は写真部に所属していました。和菓子とは異なる分野のように思えますが、杉山さんの和菓子づくりの原点は、この大学時代にあるといっても過言ではありません。「表現をすることが好きだと気づいたのが大学時代。写真に出会ったのがきっかけだったと思います」と、当時のことを振り返ります。
大学時代は、和菓子への特別なこだわりはなく、漠然と“食”で自分を表現することを思い描いていたそうです。表現の方法を模索していたときに出会ったのが、和菓子の世界へ足を踏み入れるきっかけとなった一冊の本でした。
「塗りの器に厳かに盛り付けられる和菓子ではなく、作品のように見える和菓子に衝撃を覚えた」と、その瞬間を振り返ります。自分が表現したいすべてが和菓子で叶うと直感。和菓子の持つ、雅だけれど古いイメージを新しい形で表現したいと考え、誰もやっていないことに無限の可能性を感じたそうです。
杉山さんは、「当たり前のことをもう一度見直すことが好きなんです」と、独特の表現で話します。具体的にどういうことか尋ねると、「自然を見た時に美しいと感じるような、万人に共通する美意識を言語化して和菓子に落とし込むこと」なのだとか。この独特の感性が、杉山さんの発想の源泉なのかもしれません。
もどかしい環境での運命的な出会い
和菓子の世界に進むことを決意し、大学卒業後は和菓子メーカーに入社。当時の職人の世界では一般的なことでしたが、製造の現場は男性社会で女性は直接携わることができなかったそうです。
自分が思い描いていた修行ができないというもどかしさを抱えながらも、この職場で今後の活動に大きな影響を与える運命的な出会いを果たします。自分を和菓子の世界に導いた一冊の本。まったく同じ本に影響を受けて和菓子の世界へ飛び込んだひとりの女性と出会ったのです。
同じ想いを抱く仲間との出会いで生まれた、創作和菓子ユニット「日菓」
同じ夢を持ち、同じ境遇にあった2人は意気投合。会社の仕事が終わったあと、試行錯誤をしながらお菓子づくりに取り組む日々が続きました。こうして2006年から2人組の創作和菓子ユニット「日菓」として活動をスタートします。
「副業という言葉さえなかった時代に、よく伝統的な和菓子屋の社長が活動を許可してくれたなと、今思えばありがたいですよね」と当時のことを懐かしそうに振り返ります。
表現の手段として始めた和菓子づくりが、視覚的に面白いと注目を集めた日菓。活動から8年目には本を出版するまでに認知度が上がったものの、この頃には「日菓での世界観はすでに完成している」と感じていたそうです。
一方で、“視覚的には斬新だが味は従来の和菓子”であることへの違和感を抱きはじめていたこともあり、「表現方法が“食べ物”である意味ってなんだろう」と深く追求するようになったのだとか。そこで、“食べる”ことをもっと深く掘り下げたいという強い想いで、2014年から「御菓子丸」を主宰。その根底には、「日菓での活動あってこその御菓子丸」との考えがあるといいます。
本物の味と色で季節を表現する御菓子丸の和菓子
従来の和菓子は「五感の芸術」といわれます。五感とは、味覚、触覚、嗅覚、視覚、聴覚です。最初の4つは見た目や味などに対する感覚、そして聴覚は「菓銘の響き」によって表され、季節を連想させる名を付けることで鮮やかに四季を感じる和菓子となるのだそう。
御菓子丸では菓銘の響きによって聴覚を表現するのではなく、より音のイメージに踏み込みます。例えば秋の枯れ葉がモチーフであれば、「カサカサ」という音をお菓子に落とし込んで表現。「和菓子を“五感の芸術”というならば、もっと五感に踏み込み、感覚を使って楽しめるお菓子を生み出したいと思っています」と、杉山さん。
一般的に和菓子の色は着色で表現されますが、「着色される色は、春の芽吹きや秋の実りなど、実際の季節の素材の色とリンクしている」と杉山さん。それなら着色ではなく、季節の食材をそのまま使った和菓子で味も色も表現できるのではないかと思い至ったことが、“その時々の旬を和菓子に落とし込む”御菓子丸の季節感あふれる和菓子の原点といえます。
京都の美を育んだ地・鷹峯で過ごす、ここにしかない時間
御菓子丸は和菓子のオンライン販売からスタートしましたが、2023年から喫茶での提供も開始。場所は琳派発祥の地として知られ、京都の美を育んだ鷹峯にある静かな一軒家です。Otonamiの体験プランでは、実際にここに足を運ぶからこそ、御菓子丸の価値観に五感で触れることができます。
杉山さんは、温かいものや冷たいものを直接提供できることに、オンラインとの大きな違いを感じているのだとか。「おいしいという声を直接聞けることや、オンラインで何度も注文をいただいたお客さまに直接お礼を言えることも嬉しいです」と、対面で提供することへの喜びにもあらためて気づかされたといいます。
“見る”から“食べる”までの行為をひとつの体験としてとらえる杉山さん。今後の構想を尋ねると、旅における移動をテーマに、そのタイミングでしか楽しめないお菓子に思いを馳せているのだとか。「例えば、空港で雲のお菓子を買って雲の上で楽しむとか。食べる場所は飛行機の中限定で」と楽しそうに語ってくれました。
独特の感性でものごとをとらえ、表現する杉山さん。まるで杉山さんを中心に小さな宇宙が広がっているかのような不思議な世界観に惹きつけられます。ぜひOtonamiの体験プランでその世界観に触れ、和菓子づくりの小さな宇宙を感じ取ってみてください。
御菓子丸
受け継がれる伝統に現代の感性を加えた和菓子でファンを魅了する杉山早陽子氏が主宰。和菓子会社での勤務、創作和菓子ユニット「日菓」での活動を経て、御菓子丸を立ち上げる。和菓子づくりを表現の場と捉え、独創的な和菓子を生み出す。オンラインショップでの販売では不可能な“出来たて”の和菓子を提供すべく、京都・鷹峯で喫茶をスタートさせる。
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