Otonami Story

2024.12.12

「茶事」本来の楽しさを伝えたい。現代を生きる茶人の挑戦。

Interviewee

茶道宗和流 十八代 宇田川宗光さん

遡ること400年以上も前。飛騨高山藩主のもとに生まれたひとりの茶人が、のちに新たな美意識で宮中を驚かせる茶道の一派を創始しました。その名は茶道宗和流。

「茶事は、現代でいうとホームパーティのようなもの。自分らしいおもてなしをすることが醍醐味なんです」。そう朗らかに語るのは、茶道宗和流 十八代を受け継ぐ茶人、宇田川宗光さんです。

とあるバーテンダーとの出会いをきっかけに、バーの世界と茶道をかけ合わせたり、正座をしない茶懐石料亭を立ち上げたりと、現代のライフスタイルに合わせて茶道の新境地を切り拓いてきた宇田川さん。

茶道を愛する心と革新的なセンスとを持ち合わせる宇田川さんの、根底にある願いとは。今を生きる茶人の“Story”をお届けします。

SHARE

「茶事」の原体験となった、祖母の家での思い出

宇田川さんの茶道との出会いは、幼少期にまで遡ります。「私はおばあちゃんっ子だったので、よく祖母の家に遊びに行っていたんです。祖母は志野流の香道をしていて、茶道も同じく志野流で習っていました。幼い頃は、先代の家元夫婦がよく祖母の家に泊まりにきていました」。

伝統文化を身近に感じられる環境で、幼い頃からお茶を点ててきた宇田川さん

日本文化をたしなむ方々に囲まれた環境の中で、自然とお茶を習うようになり、3歳の頃にはすでに免状も持っていたのだとか。「はじめて飲んだ抹茶の味ははっきりと覚えていないのですが、3歳の自分でもお茶を点てられるように、家元自ら作ってくれた小さな茶碗と茶筅を使ってお点前をしていたのは記憶に残っています。柄杓で水を入れると『ええ音させるなあ』と言われたり、自分が点てたお茶を飲んでもらって『おいしい』と褒められたりしたことは、とても印象深い思い出ですね」。

幼い頃から祖母の家で茶事の手伝いをし、茶道の文化に触れてきた

お祖母さまと一緒に、客人をもてなすための料理を用意したり、会話に混ざったりと、大人たちに可愛がられながら茶道の楽しみを知っていったという宇田川さん。幼い頃の宇田川さんにとって、茶席は人々が笑顔で集う、あたたかかく豊かなひとときでした。

師の教えに導かれ、茶道宗和流・後継者の道へ

幼少期から茶道に親しんできた宇田川さんは、大学でも茶道部に入部。茶道宗和流と出会い、お茶席の手伝いがきっかけで、東京・南青山の根津美術館で働くことに。物心ついた頃から、茶道は趣味として捉え人に教える気はなかったという宇田川さんですが、ある転機が訪れます。師が病に倒れ、弟子を残して急逝されたのです。

仏教の教えに触れ、茶道宗和流 十八代を受け継ぐ決心をする

当時は「まだまだ未熟ですので……」と話した宇田川さん。しかしそのとき、参禅した老師より、「大きな船が沈没したとして、一片の板にひとりでつかまっていても生き延びられないかもしれない。けれど、誰かと一緒に泳いでゆけば、励まし合って岸まで辿り着けるだろう」という大乗文教の教えに触れます。まだ勉強中である自分自身が、弟子を取ることに抵抗があったという宇田川さん。けれど、今はまだ未熟であっても、自分にできることを一生懸命に行いながら学んでゆく姿勢が大切なのかもしれないと、茶道を教える決心をしました。それから宇田川さんは、茶道を通じて多くの人たちと出会い、自分らしく道を切り拓いていきます。

宇田川さんが師事する大徳寺 真珠庵の山田和尚様が書かれた、夜咄Sahanの店名の由来となった書

十八代を継いだ当時、宇田川さんが感じていた課題があります。それは、やる気のある若いお弟子さんが、学業から卒業し就職すると茶道から離れてしまうこと。茶道を行う人が年々減っている現代では、お茶を続け、先生になり生計を立てることは容易ではありません。そこで考えたのが、「茶事」を提供する飲食店の構想でした。お店で働くことで生活費を稼ぎながら、茶事を通じて若い茶人が育っていく。また、客として来た人がお茶のおもしろさを知り、門戸を叩いてくれるかもしれない。流派にとらわれず、お茶を愛する人たちが集うコミュニティのような、茶事を中心とした新しい場づくりで、茶道を次の世代につないでいきたい。そんな思いを胸に、宇田川さんは2つのお店を立ち上げます。

正座のいらない、バーのような茶室「夜咄Sahan」

宇田川さんが手がけたはじめてのお店「夜咄Sahan」は、日本らしい“侘び茶”を味わってもらいたいという思いのもと、小間と呼ばれる小さな茶室を模してつくられました。現代のライフスタイルに合わせて、足を伸ばしてゆったりと過ごせる客席は、カウンターを囲んで座るバーのような設計になっています。

茶道の心得がない人でも気軽に本格茶事を味わえる「夜咄Sahan」

茶道とバーという、一見かけ離れているようでつながりの深い2つのかけ合わせの背景には、今もメインバーテンダーを務める濱崎宗清さんとの出会いがありました。とある茶会に、宇田川さんが濱崎さんを招待したときのこと。当時、お茶の心得がまったくなかったという濱崎さんですが、宇田川さんも驚くほど自然に場に溶け込んでいったといいます。日頃、プロのバーテンダーとしてお客様をもてなす側である濱崎さん。作法について何も言わなくても、その場の空気を感じとり、茶道具についての問答をし、亭主を気遣ったりと、自然な振る舞いで心地良い空間をつくりあげていたのです。

都会の隠れ家の如く佇むバーも、侘び茶の思想のひとつである“市中山居”(街の喧騒から離れ自然のなかにいるようにゆったりと過ごすこと)に通じるものがある

亭主と客とが、お互いに気遣いあって一緒に良い時間を築いていく。そんなところにも“茶道”と“バー”との親和性を感じたといいます。「茶道の店というと入りづらいと感じてしまう人も、バーと聞けば入りやすくなるのではないか。そんな話をしたのがきっかけで、カクテルとお茶事を一緒に愉しめる店、というコンセプトが決まったんです」。宇田川さんと濱崎さんの想いが共鳴して生まれた夜咄Sahanは、特別なひとときを親しい人とリラックスして愉しめる、唯一無二の空間です。

足を伸ばせる立礼式の茶室バー・夜咄Sahanは、都会にありながら静謐で落ちついた空間

南青山の一等地で、誰もが茶事を愉しめる空間を

夜咄Sahanをオープンした後、宇田川さんが気づいたことがあります。それは、お茶を習っているかいないかにかかわらず、茶事というものを知らない人があまりに多いという現状でした。正式な茶事といえば、一般的には4時間ほどかかる長丁場のイベントです。茶道の最終目標として語られることも多く、お茶を10年、20年習っていても「まだ早い」と言われることもあるのだとか。

宇田川さんが手がける「南青山 即今」では、本格的な茶室でお点前をいただける

まして茶道経験がない人にはハードルが高く、なかなか行く機会もありません。ですが、本来の茶事といえば、宇田川さんが幼い頃から体験してきたような、親しい人たちが集い、お料理を食べたりお酒を飲んだりして会話を楽しむ、ホームパーティーのようなもの。ホストが自分らしいしつらえをしてゲストを迎え入れる。たとえば、相手の好みに合わせてワインを選んだり、ごちそうを用意したりと、客人をもてなす心は現代にも通じています。

Otonami限定のプランで味わえる、即今の茶懐石。優しい一汁三菜の料理に心も体も喜ぶ

そうした茶事本来の醍醐味を、もっとたくさんの方に体験してもらいたい。ルールやマナー、作法にとらわれすぎず、ただお茶のおいしさや茶室の雰囲気を味わって、心から「楽しい」と感じてもらいたい。そんな宇田川さんの願いが詰まった「南青山 即今」は、誰もが気軽に本格的な茶道の世界を体験できる、革新的なお店として幅広い世代の人々に愛されています。

変化することで続いていく、未来に繋ぎたい「お茶」の楽しみ

日本の茶道は、時代によって型や流れが違ったり、時季の旬を反映させながら変化してきたもの、と宇田川さんはいいます。かつての茶人も、常に時代に合った文化を取り入れて、新しい試みをしてきました。「たとえば、小堀遠州(江戸時代初期の大名茶人・茶道遠州流の祖)が茶事にワインを取り入れたり、ポルトガルから入ってきたお菓子を出してみたり。明治維新の頃も、財界の茶人は当時輸入されたばかりのベーコンを茶事に使ってみたりと、本当に様々な工夫と試行錯誤があったんですよ」。

即今の茶懐石コースでは、現代的な洋風の肴も登場する

そのなかでもお茶に合うものが残り、定番を形づくってきたといいます。「だからこそ今、いろんな人たちが現代にあったお茶をするために、様々なチャレンジをしなければならないと思うんです」。宇田川さん自身、アニメや漫画の作家さんに描いてもらった掛け軸を茶事に用いるなど、現代ならではの新しい試みを積極的に取り入れているそう。「夜咄Sahanと即今という場を通じて、新しいお茶の世界を広く提案できたらいいですね」。

流派を問わずお茶を愛する仲間たちが日々宇田川さんを支えている

茶道の本質はくずさずに、現代の感覚や技術、国内外の画期的なカルチャーを取り入れながら、新しいチャレンジを続けたい。そんな宇田川さんの胸には、幼いときから変わらず「お茶は楽しいもの」という根本的な思いがあります。宇田川さんが常に新しい挑戦に取り組めるのは、お茶を通じて人との出会いを心から楽しんでいるから。今、茶道宗和流 十八代という舞台に立ち、その思いをより多くの人々と分かち合うべく、宇田川さんは今日も穏やかな情熱を燃やし続けています。

常に新しい茶道を探求し、アップデートを続ける宇田川さん。十八代目を継いだ今も日々精進している

南青山 即今

江戸初期の茶人・金森宗和を祖とする茶道宗和流の十八代・宇田川宗光氏が監修する茶懐石料亭。誰でも気軽に茶道を体験でき、濃茶・薄茶・茶懐石・カクテルを茶事の流れのコース仕立てで提供するほか、貸切や、茶事・茶会の会場としても利用できる。点前座がバーカウンターとなる茶室も備え、お茶や和文化をテーマにしたカクテルが人気。

MAP

東京都港区南青山5-12-4 全菓連ビル B1F

Special plan