Otonami Story

2023.10.26

重なり合う香りが生み出す“相乗効果”。日本古来の大和橘を通して唯一無二の食体験を。

Interviewee

Synager オーナーシェフ 北岸寿規さん

京都・丸太町の路地奥に佇む、町家をリノベーションした「Synager(シナジェ)」。フレンチやイタリアン、和食などの有名店で経験を積んで独立したオーナーシェフ・北岸寿規さんが、香りをコンセプトとした五感に響く料理を届けています。

店の空間や料理の色彩、温度感、食感、味わいなど、様々な要素と香りをかけ合わせることで生まれるおいしさのシナジー、つまり相乗効果。それが、Synagerの名前の由来です。店の扉を開けると、ハーブコーディネーターの資格を持つ北岸さんが蒸留器で抽出するハーブや草花の華やかな香りが出迎えてくれます。

北岸さんのライフワークは、日本最古の柑橘類・大和橘を料理に生かし、より多くの人に知ってもらうこと。「自分にしかできない、ここでしかできない体験」を追求する北岸さんの原点に迫ります。

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ものづくりを手がける大人に囲まれて育った幼少期

父は大工、母は友禅染教室の先生という家庭で育った北岸さん。幼い頃からものづくりの仕事を身近に見て育ち、手先も器用で絵や工作に興味を持っていました。「父親が猟や川釣りをやっていて、子どもながらに手伝ったり、釣り道具の仕掛けをつくったりしていました」。猪や鹿、野鳥といったジビエ、鮎や鰻などの魚にも自然に親しむ機会がありました。祖母が飲食店を営んでいたことも、料理人の道を選ぶことに少なからず影響があったと北岸さんはいいます。

子どもの頃からものづくりに親しんでいた北岸さん

成長すると人間の心理に興味が湧き、心理カウンセラーを目指して京都大学へ進学。学生時代はバーでアルバイトをしたり、知恩寺で開催される手づくり市にパンを焼いて出店したりと、食やお酒への興味は増すばかりでした。「ジャズバーではウイスキーやカクテルを扱っていました。ウイスキーは無数の香りが潜んでいることが魅力のひとつですが、その頃から香りに惹かれていましたね」と振り返ります。

食とお酒の世界に魅了され、香りにも興味を持つように

ワインを知ったことで高まった料理への探求心

大学卒業後は、幅広いジャンルの飲食店を展開する企業に就職。ワインダイニングに配属された北岸さんはワインと出会います。店舗管理の仕事のかたわらワインの勉強を始め、ソムリエの資格取得を目指すように。シェフと共にワインに合う料理を開発する経験から、ワインと料理のマリアージュの奥深さに気づき、自ら料理を手がけたいという思いを強めていきました。

香りを抽出した芳香水のウェルカムドリンク

そして27歳の時、人気のフレンチを展開していたベルクールグループに転職し、料理人の道へ。フランス料理とは何たるやも知らず、とにかく料理をつくりたかったという北岸さん。フレンチの実力派・松井知之シェフのもとで腕を磨きました。「松井シェフは仕事に関しては厳しい人ですが、料理のおもしろさを教えてもらった6年半でした。本物のフレンチに接していた時間は、私のベースになっています」。

ソムリエ資格を持ち、ワインへの造詣も深い北岸さん

自分らしいスタイルにつながった修業時代の出会い

その後、祇園の割烹に勤めた経験も大きいと北岸さんは語ります。和食を基本に洋食を折衷したお店で、ワインも扱っていました。この時期に魚の処理方法や出汁の引き方など、和食ならではの技術を習得。「素材によって昆布出汁を仕込みに取り入れるなど、幅広い視野でアプローチできるようになりました」。その時の経験が、Synagerのジャンルレスで自由な料理につながっています。

バラの花びらとエスプーマをあしらった名物料理の「花のタルティーヌ」

北岸さんはさらに「リストランテナカモト」で料理人としての幅を広げます。オーナーの仲本シェフは海外で輝かしいキャリアを積み、日本のイタリアン業界の最先端で活躍する人物。この時期に参加した勉強会などで星付き店のシェフたちと出会い、刺激を受けたとか。

絶妙な火入れ加減の肉料理。季節のグリル野菜が10種類以上添えられ、自然の恵みを味わえる

かねてから自分の店を持ちたいと思っていた北岸さんは「何で勝負できるか。自分の強みは何か」を真剣に考えました。この頃、系列店のひとつを任され、仲本シェフからの評価を得たことが、独立を決心する自信につながったといいます。

最も重要なファクター“香り”の重要性に気づく

北岸さんがハーブに出会ったのも、リストランテナカモト時代のこと。店で提供しているハーブティーについて講習を受け、香りの組み合わせ方が料理に通じると感じたそう。料理にハーブの香りを取り入れるために勉強し、ハーブコーディネーターの資格を取得。そのなかで、香りの抽出方法のひとつである蒸留器を使った香りの蒸留に着目しました。自らの世界観を表現するために欠かせないものとして、2021年のSynagerのオープン時からハーブ蒸留を行っています。

ハーブや草花から芳しい香りを抽出するオブジェのような蒸留器

フレッシュなハーブや草花を蒸留して香りを抽出し、その芳香水を随所に使っているSynagerのコンセプトは“相乗効果”。色彩や温度感、食感、味わいなど様々な要素と香りをかけ合わせることによって相乗効果を生み出し、五感で楽しめる料理を提案する北岸さん独自のスタイルを確立したのです。

細い路地の奥に佇む静かな隠れ家レストラン

「私が考える相乗効果の要素には、木のぬくもりを生かしたインテリアや京都の路地らしいエントランスなど店内の雰囲気も含まれています。五感を働かせて食事の楽しさを感じてもらう場にしたいですね」と北岸さんは話します。

細部までこだわり抜いた落ち着きのある空間

料理を通して大和橘の魅力を伝える

2000年もの歴史を持つ大和橘を料理に使い、その魅力を広く伝える活動は、Synagerの存在意義のひとつになっています。大和橘は、環境省により準絶滅危惧種に指定されている希少な食材。奈良県の有志団体「なら橘プロジェクト推進協議会」が中心となって守り継いでいます。奈良で生まれ育ち、その活動に賛同した北岸さんは、推進協議会の会長から直接仕入れた大和橘をOtonamiのオリジナルランチコースに活用しています。

小ぶりで爽やかな香りがする大和橘の実

清々しい香りの大和橘とハーブ蒸留を生かした料理、そして「ここでしかできない食体験」への北岸さんの思いが見事に重なり合っているSynager。大和橘について深く知りたいというお客様やリピーターの方もいて、大和橘を伝え継ぐ活動の一助になれていることに手応えと喜びを感じているのだそう。

料理にはもちろんお菓子にも大和橘を取り入れている

「食事のひとときだけでSynagerのすべてを伝えることは難しい。だからまた足を運びたいと思ってもらえる店づくりを目指したいですね」。大和橘を通し、草木染など異分野のつくり手とのコラボレーションも考えている北岸さん。終わりなき挑戦が続きます。

Synager(シナジェ)

京都・丸太町の路地奥に佇む、町家をリノベーションしたレストラン。フレンチをベースとしながらも枠にとらわれないおまかせコースを、完全予約制で提供。ハーブや草花の香りを中心に、色彩や温度感といったあらゆる“相乗効果”によって生まれる新感覚の料理が評価を得ている。

MAP

京都府京都市中京区東洞院通二条上る壺屋町512-2

Special plan