Otonami Story
2021.01.16
日々を豊かにする、江戸から受け継がれた技巧と伝統工芸のたしなみ。
Interviewee
高橋工房 高橋由貴子さん
「伝統工芸は鑑賞作品としての魅力もあるけれど、アートではなくて使われるもの」。
そう話すのは、日本でもっとも歴史のある浮世絵木版画の工房、高橋工房の六代目 高橋由貴子さん。
由緒ある摺師の家系として、代々継承されてきた技術を用いた制作を続ける傍ら、人の手に届く浮世絵木版画のあり方を思考し、様々な分野と融合した画期的な企画を展開。
「技術ばかりを伝えるのではなくて、工芸に付随する日本の文化を一緒に届けたいと思っています」と、高橋さん。
利便性や機能性ばかりでなく、人の振る舞いに粋や優雅さをもたらしてくれる日本文化のたしなみも大切にしているそう。
現代の新しい視点を交えて発展を続ける高橋工房が伝えたい想い、これまで辿ってきた “story”について伺います。
唯一無二の1枚を生み出す、絵師、彫師、摺師が織りなす芸術作品。
日本の印刷のルーツに当たる日本独自の多色摺り木版、江戸木版画。今から200年ほど前、庶民が楽しめるフルカラーの印刷物として浮世絵木版画が大流行。
浮世絵木版画は、版下絵(原画)を描く絵師、版画の原板となる版木を彫り上げる彫師、版木に絵の具をのせて和紙に摺りこみ作品を仕上げる摺師(すりし)の三者が分業して、一つの作品を手がけます。各工程をプロフェッショナルの職人が担うことで実現する、より美しく完成度の高い作品。
摺師の家系として、作品の修復、江戸当時の版画作品の復刻なども行う高橋工房。国内外から作品制作のオファーも受けています。
「例えば、摺るときに生じる擦れを好むご依頼には、それが100枚あっても同じように擦れさせるのが摺師の技術。1枚を完璧に仕上げることと、100枚を同じように仕上げることは全く違う」と話す、高橋さん。
手作業で生まれる偶然性が、唯一無二の価値でもある木版画。その一方、多くの人の手にわたるためには安定して均質な作品を数多く仕上げる技術が不可欠。
「何かを利用したり、応用するためには徹底的に基礎の技術を培うことが大事」として、高橋工房では江戸から続く伝統技術を絶やさないよう、若手の職人育成にも力を注いでいます。
“好き” が紡いだ職人業、版元ならではのいくつもの発展。
創業より160年の由緒ある木版職人の家系で育った高橋さん。しかし、幼少の頃は職人になることは望まなかったそう。
「夜鍋になるし、規則的なお休みが取れなかったり、間近で見ていて私はいいや、と思って」と、高橋さん。しかしその一方で、職人が手がける仕事への興味はあったそう。
「工芸があることが当たり前の生活で、物心ついたときから芸術や文化そのものがとても好きでした。なので、職人さんが制作するものを見るのも好きで」そんな高橋さんの様子をみた先代は、摺師としての働きだけではなく版元、つまりディレクターとしての役割を担えるようにと、少しずつ工房の仕事を任せるように。
「高校生くらいのとき、父が私にお中元で配るうちわのデザインをしないかと話をしてきたんです」それが一番はじめの高橋さんのお仕事でした。
「幼い頃から間近で制作風景を見てきた分、浮世絵木版画がどんな手順で仕上がるかはわかる。そこから1つ、2つ、次々とこんなことをやりたいという気持ちが増えていきました」。
とにかく“好き”という気持ちが強かった高橋さんは、好きを原動力に浮世絵木版画を起点にした様々な企画を思いつくように。
「こういったものは “好き” がないと続かない。他の仕事だったら耐えられなかったかもしれないけれど、私はたまたま好きだった」そう、続けます。
また、版元は時流を読む職業。ファッション業界が流行をつくるように、日々いろんなことをキャッチするアンテナを張りながら生活をしているそう。
「どんなことを、誰とやるのかを考えているときが一番楽しい」と、笑顔で話す高橋さん。
ご自身で伝統工芸の楽しさを感じながら、今に生きる工芸のかたちを探る姿は、作品を通して様々な人にも繋がっているのではないでしょうか。
分野を横断する浮世絵木版画の世界
近年、建築家、彫刻家、アニメーター、服飾デザイナーなど、多方面のプロフェッショナルとのコラボレーションを進める高橋さん。そこには一つのきっかけがあったそう。
「浮世絵木版画はただ摺り上げるだけでなくて、いろんなことと融合できる存在。ただ、自分たちで取り組むのには限度があるので、その道のプロと共同制作ができたらと」。
これまでに、円谷プロの『ウルトラマン』や、アカデミー賞にノミネートした短編アニメーション『ダム・キーパー』の浮世絵制作、イラストレーター 須川まきこさんとコラボレーションした現代春画の制作などに取り組んできました。
「自分たちだけでなく、相手方の発展にもなるように。双方がステップアップできることを見出すのがとても楽しい」と、分野を交えた作品制作を精力的に進める高橋さん。
自社のオリジナル製品として、江戸木版画のデザインをあしらったお皿、升、ブローチなど様々なプロダクト作りも行う高橋工房は、江戸当時とは一味違う浮世絵木版画の新しい楽しみ方を体現しているようです。
日本人が語れる文化として、日々の生活に活きる工芸を。
国が指定する伝統的工芸品は、100年以上の歴史があり、全てが手作り、道具と材料が100年前当時と同じであること、そして日々の生活で使われるもの。
ただ、伝統工芸品というと、貴重で高価なもの、美術館や博物館で保存、鑑賞されるものとして、日常使いで手に取るイメージが少ないかもしれません。しかし「伝統工芸は日々の生活を豊かにするものでなくては」というのが高橋さんの想い。工房で提供している、木版刷りと本格的な扇子体験にもそんな想いが込められているよう。
「例えば、扇子は仰ぎ方ひとつで優雅さが出たり、粋な雰囲気が出たりする。末広がりの形から “末広” とも呼ばれるお祝いの品で、来客の際には、相手の健康や発展を願って扇子をお盆代わりにお茶を出す習慣もあります」と、高橋さん。工芸品のもつ意味や文化、使い方を伝えることで、誰もが伝統工芸に親しみ、そこから少しずつ浮世絵木版に近づいてもらえることを願います。
“日本人が誇りを持って語れる文化” として、お子さんやご家族でも気軽に楽しめるよう、高橋工房はこれからも発展を続けます。
高橋工房
創業160年、もっとも歴史のある浮世絵木版画工房として、江戸当時と変わらぬ素材と技術・技法で浮世絵木版画を現代に蘇らせている。江戸木版画の「摺師」の家系で、四代目からは「版元」の暖簾も兼ね、現在は六代目。版画の制作・販売をベースに、技術伝承の環境整備、文化の普及・発展のために国内外で講演会・実演会の開催や職人育成に当たる。
MAP
東京都文京区水道2-4-19