Otonami Story

2024.9.2

茶業界の未来を見据えて。千利休の故郷・大阪 堺から広める喫茶文化。

Interviewee

つぼ市製茶本舗 6代目 谷本康一郎さん

中世より商業と貿易で栄えた大阪・堺は、茶の湯の一様式を完成させた茶人・千利休の生まれ故郷でもあります。その地で創業して170年を超える老舗で、堺でもっとも古い製茶問屋が「つぼ市製茶本舗」です。

ペットボトル入りのお茶が普及し、急須でお茶を淹れることが少なくなった現代。日本人のお茶離れが叫ばれるなか、6代目の谷本康一郎さんは、茶寮の運営をはじめ、気軽においしいお茶を楽しめる商品の開発、お茶に親しみの薄い子どもたちへの「お茶の淹れ方教室」などに取り組んでいます。

「堺で江戸時代から残る製茶問屋はここだけ。だからこそ私たちが喫茶文化をつなげていかなければ」と谷本さん。老舗の歴史と茶文化の継承という、大きな使命を担う谷本さんの“story”をお届けします。

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商都・堺で醸成された喫茶文化を受け継ぐ

茶の湯を確立した千利休が生まれ育った街として有名な大阪・堺。ここは昔から渡来文化の拠点で、海外の最先端の文化がいち早く入ってくる土地でした。お茶についても同様で、堺にはさまざまな産地のお茶が集積。お茶と共に喫茶文化が渡来すると、堺の貿易商人が真っ先に生活に取り入れ、現在に至るまで引き継がれています。

元禄時代に建てられた築350年を越える歴史的な建物を使用した堺本館の店舗

つぼ市製茶本舗は1850(嘉永3)年、谷本市兵衛によって堺の地に創業し、茶の貿易と茶問屋の商いからスタートします。堺に集まった多種多様なお茶を、熟練の職人によって目利きや合組(ごうぐみ・お茶の特徴を見極めてブレンドすること)を行い、高品質な茶葉を厳選。以来、産地にとらわれることなく目利きと茶葉のブレンド技術を磨き、170年以上にわたって堺に息づく喫茶文化を発信し続けています。

6代目の谷本康一郎さん。つぼ市製茶本舗のブランド化を進めるべく邁進している

「会社の敷地内に自宅があり、生活に密着していたので、“お茶が身近”というよりは“くっついている”感覚で育ちました」と話すのは、6代目の谷本康一郎さん。自らの一部のような感覚だったため、家業を継ぐことはごく自然な流れだったとか。

特に会社を継ぐように言われたことはありませんでしたが、4代目のおじいさまはよく、中国・雲南省やインドのダージリン、ニューヨーク、ボストンなど、お茶に関わる土地に連れて行ってくれました。「おかげで見識を広げることができ、今の仕事に役立っていると思います」。

留学先から日本の魅力を再確認。すぐに堺に戻らず家電業界に就職

東京の大学を卒業後、すぐに堺には戻らず、電機メーカーに就職した谷本さん。社会経験を積みたいという思いのほか、大学時代に経験した1年間のアメリカ留学の影響もありました。「外から見る日本の技術力の高さを目の当たりにし、当時勢いがあった日本のメーカーで働いてみたいという思いを強くしたのです」。

アメリカに渡り、これまでにない視点から日本を見つめたことで、大学卒業後は電機メーカーへと就職

「人に喜んでもらえる仕事がしたい」と思っていた谷本さん。メーカーなら、手がけた商品を人々が使ったり、食べたりする様子を、目で見て実感することができます。せっかくなら食品以外の業界を経験したいと考えて、家電業界に入りました。

約170年の歴史を背負うプレッシャーもコロナ禍も糧にして

約3年間福岡支店で勤めた後、2010年の秋につぼ市製茶本舗へと戻った谷本さん。その頃はじめてプレッシャーを感じたのだそう。「170年を超える歴史を背負う重みを実感し、自分の代で絶やしてはいけないと気が引き締まりました」。また、烏龍茶を日本にはじめて紹介した4代目のおじいさまや、お茶の販路拡大を実現した5代目のお父さまのようにできるのかという葛藤も抱えていました。がむしゃらに仕事に取り組み、「自分ができることをやろう」と思うようになるまでに時間がかかったといいます。

Otonamiの講座では、産地や火入れの強弱、土地柄による個性なども学べる

コロナ禍も、つぼ市製茶本舗と谷本さんにとって転換期でした。業績が大幅に下がりダメージを受け、強い危機感を持ちました。そこで谷本さんは業務用の商品を考案し、これまで卸していた小売店やスーパーにこだわることなく販路を開拓。「お茶の市場は幅広く、まだまだ拡大の可能性があると思っていました。また、商品数を絞り、製造設備にも投資して効率をアップさせました」。

店の奥から見える坪庭は、自然と調和した心落ち着く空間

そうしてなんとか危機を脱却し、2023年には「茶寮つぼ市製茶本舗 堺本館」をリニューアル。2024年8月には、なんばパークスの「eスタジアムなんば本店」 内に日本茶カフェ「清遊庵」をオープンさせました。日本の茶文化と、日本茶の健康効果を大切にしたいという考えのもと、お茶を通して人と人がコミュニケーションできる場を提供しています。

“茶育”を通してお茶の楽しみ方を伝える

以前からお茶のパッケージに児童虐待防止マークを印字したり、マイボトルの利用を推進する「おおさかマイボトルパートナーズ」に参加したりと、子どもたちの暮らしや環境を想い、製茶問屋としてできることを考え続けてきたつぼ市製茶本舗。最近では、子ども向けの「お茶の淹れ方講座」やキャリア体験授業なども手がけています。

「人と人とをつなぐ架け橋」としてのお茶の価値を追求しているつぼ市製茶本舗

谷本さんを動かしているのは、「急須で淹れたお茶を飲んだことがない子どもがたくさんいる現状で、一人でも多くお茶に親しんでもらいたい」という想い。お茶は日本の伝統文化であり、世界からの注目度も増してきています。

Otonamiの体験でも、数種類の茶葉を並べて実際に触れ、お茶に親しむ時間が設けられている

「子どもたちが大人になって海外の人と過ごす機会があったとき、『日本の茶とはこういうもの』と胸を張って言えるように“茶育”していきたい。堺で江戸時代から残っている製茶問屋はつぼ市製茶本舗だけになりました。だからこそ私たちが取り組んでいくべきことだと考えています」。

茶業界の未来のため、国内はもちろん世界にも目を向けて

普段からおいしいお茶を飲んでもらいたい。その一心で、谷本さんが新たに開発した商品があります。それは、急須で淹れる際に使う、本格的な茶葉でつくったティーバッグ。「ティーバッグの“どれも同じ味”というイメージを覆したくてつくりました。手軽なのにちゃんとおいしい、つぼ市製茶本舗の自信作です。緑茶には栄養素が多く含まれ、飲むとホッとするリラックス効果も。古代中国では薬だったといわれる緑茶の健康効果も、おいしさと共に訴求していきたいです」。

170年以上の歴史と茶文化の継承という大きな使命を担う

国内での喫茶文化の啓蒙や販路開拓はもちろん、その目を海外にも向けています。「コロナ禍で止まっていた海外への働きかけをもう一度活発にしたいと思います。お茶っておいしい、しみじみそう感じるのです。喫茶文化が栄えた創業の地・堺からその魅力を伝えるために、海外、国内どちらのフィールドにも真摯に向き合っていきたいですね」。老舗茶舗の6代目としての挑戦は、さらに大きく広がりそうです。

つぼ市製茶本舗

江戸時代末期の1850(嘉永3)年創業。千利休の精神が根付く大阪・堺にて喫茶文化の発展に取り組み、本物にこだわった仕入れや茶師による匠の技で合組した製品を生み出す製茶店。「お茶は人と人を繋ぐ」という信念のもと、良質で新鮮、安心、安全な高品質のお茶を170年以上にわたり提供してきた。お茶は健康に寄与するという考えから、深蒸し茶や烏龍茶などをいち早く取り入れ、独自に研究。2023年開催の「G7大阪・堺貿易大臣会合」の歓迎レセプションでは、つぼ市製茶本舗のお茶を使ったスイーツやKombuchaが提供された。

MAP

大阪府堺市堺区九間町東1-1−2

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