Otonami Story

2024.2.27

茶藝師が誘う温故知新の世界。パラダイムシフトが起こる至極の一杯を。

Interviewee

鶫 -TSUGUMI- 茶藝師 藤本真梨奈さん

伝統的な中国料理をワインやお茶と共に楽しむレストラン「鶫 -TSUGUMI-」。店で中国茶をはじめとするお茶のエキスパートとして腕を振るうのは、茶藝師の藤本真梨奈さんです。中国の国家資格である茶藝師は、お茶にまつわる総合的な知識とスキルを持つ人に与えられる称号。現在の日本では取得が困難になりつつあるといいます。

「ワインやカクテルを楽しむ人が多い『鶫 -TSUGUMI-』では、お茶は多くのお客さんにとって“ちょっとした脇役”のようなものかもしれません」。しかし藤本さんによって旨味や香りのポテンシャルを最高潮に引き上げられたお茶を口にすると、そのおいしさに驚嘆の声があふれ出るのです。

「中国茶は気軽に楽しめますよ」という藤本さん。かつてソムリエとして活動していましたが、別世界に飛び込んだきっかけとは。唯一無二の存在として活躍する茶藝師の貴重な“story”に迫ります。

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引っ込み思案な自分を変えた、お客さんのひとこと

「鶫 -TSUGUMI-」の茶藝師として、客一人ひとりの要望を伺いながら至極の一杯を生み出す藤本さん。しかし昔は人と話すことが苦手だったそうです。そんな藤本さんが接客業に目覚めたのは、大学生の頃。アルバイト先のお客さんのとあるひとことがきっかけでした。

茶藝師は精神力・体力・礼儀なども必要。高校時代の剣道部の経験が生きていると藤本さん

「当時はシャイな性格だったので、オーナーにアドバイスをもらい、お客さんから“楽しそうだね”と言われるように働くことを目標にしていたんです」。ひたむきに働くこと半年、ついにお客さんから「楽しそうに働いているね」と言われ、藤本さんに大きな自信が芽生えます。「このひとことがなければ、私は今の仕事をしていないかもしれません。この瞬間から接客業をしていこうと思えたんです」。

シャイな性格を克服した後は、興味を持ったらすぐに行動する思い切りの良さを発揮

大学卒業後は地元・兵庫県の観光協会で働いたのち、英語と、以前から好きだったワインについて学ぶためにオーストラリアへ渡航。ワイン作りを学ぶ傍ら、カフェやレストランに勤務しました。また、現地在住の日本人が集まった、通称「ピクニック仲間」との出会いもありました。このピクニック仲間は、藤本さんの人生でかけがえのない宝となります。「私の活動先のほとんどは、当時の仲間から生まれたご縁です。今はそれぞれの分野で華々しく活躍しているので、その後ろを追いかけるような想いでいます」。

念願のソムリエになった矢先に見えた限界。そしてある決断へ

帰国後、オーストラリアでの学びを仕事にすべく、ピクニック仲間からの紹介で出会ったソムリエ・進藤幸紘氏(現「鶫 -TSUGUMI-」オーナー)が経営する西麻布のレストラン「Series(シリーズ)」で修業を始め、ソムリエの資格を取得しました。その後もピクニック仲間の一人がオーナーを務める京都の『ミシュランガイド』一つ星獲得レストラン「LURRA°(ルーラ)」にてさらに研鑽を積み、ソムリエとして着実に経験を重ねていました。しかし一方で、ある問題が心に翳りをもたらしていました。

お茶は何杯飲んでも悪酔いしない。等身大の自分に合う選択肢だった

「実は、あまりお酒に強くないんです……。ソムリエとしてやっていくには天井が見えてしまう。悩んでいたときに、進藤に『面白いものがあるよ』と連れていってもらったのが、お茶の専門店でした」。

茶器は味を左右する大切な要素。作家と直接会話しながら選定する

当時はまったくお茶に興味がなかった藤本さん。訪れた店では、本格的な茶器を使った烏龍茶を目の前で淹れてくれました。それを飲んだ瞬間、本当に烏龍茶かと疑うほど、大きな衝撃を受けたと当時を振り返ります。また別の日には、日本茶の一煎目に出る「旨味」を味わい、感動して思わず叫んでしまったことも。摩訶不思議で希望に満ちた雫が、藤本さんの心を潤していきました。

京都から東京へ。茶藝師として花ひらく

周囲に中国茶のエキスパートがいなかったことをチャンスと捉えた藤本さん。京都を離れ、中国茶の資格取得のために東京の専門スクールに通うことを決意します。同時に進藤氏から「鶫 -TSUGUMI-」のオープンを知らされ、再び進藤氏のもとで働き始めました。

「鶫 -TSUGUMI-」の店内。料理やお茶を集中して味わえる落ち着いた空間

当初はソムリエの傍らお茶を淹れる立場でしたが、勉強の末に「中国茶エキスパートシニア」そして「茶藝師」の資格を取得すると、「お茶の専門家」として堂々とサービスを提供できるようになり、心地良さを感じたといいます。一方「鶫 -TSUGUMI-」は、茶藝師である藤本さんがいることでアルコールが苦手な人でも気負わず楽しめる店に。時にはお客さんが飲んでいるワインから好みのお茶を導き出すなど、ソムリエ時代の経験が相乗効果を生むこともあるそう。藤本さんは茶藝師としての魅力を一段と高めていったのです。

至極の一杯を、自分の手で提供する喜び

中国茶の魅力をあらためて藤本さんにたずねると、「体に優しいことと、歴史の奥深さ、そして意外に簡単なこと」だといいます。「日本茶には細かいルールがあります。それはそれで魅力的ですが、中国茶は絶対的な決まりごとがない分、誰でもリラックスして楽しめます。お茶は基本的にリラックスして飲むものなので、中国茶の自由さはとても素敵だと思います」。

オリジナルの茶葉ブランドを展開する藤本さん。Otonamiのプランではその茶葉も登場する

お茶は一定のおいしさを誰でも再現しやすい一方で、茶藝師の存在価値は客の「一番おいしい」を自らの手で生み出すことだと語ります。「役割はソムリエとほぼ同じですが、茶藝師の場合は完成品を注ぐのではなく、茶葉でお茶を抽出するところから始まります。茶葉の種類、茶器、温度、注ぐタイミング……すべてを自分でコントロールしながら、お客さんの体調と好みに合ったお茶を一番おいしい状態で提供する。私の仕事はこれにつきます」。

お茶の販売をフィールドにしない。意外性のある場から感動を仕掛ける

「困ったら何でも私に聞いてください」とお茶ビギナーを歓迎する藤本さん。Otonamiでは、藤本さんに中国茶と日本茶を学ぶプランを開催しています。すでに参加したゲスト同士で特別なつながりができたという報告を聞き、「まさに“茶縁”ですね」と藤本さんも喜びの表情です。

お茶の知識を広げながらも、和やかな時間に

今後について藤本さんは、「『将来お茶のお店をされるんですか』とよく聞かれますが、今のところその可能性はありません。私のやりがいは、お茶に興味がなかった人に『なにこれ、おいしい』と声を出して感動してもらえること。そのために、飲食やワインがメインとなる場所で、これからもお茶の魅力を発信していきたいです」。さらに茶藝師の先として、抹茶・紅茶・薬膳茶などお茶全般をボーダーレスに扱える存在を目指しているといいます。「たかがお茶」が「されどお茶」に。お茶についての認識を一新できる温故知新の世界へ、藤本さんのリードに身を委ねてみてはいかがでしょうか。

鶫 -TSUGUMI-

東京・六本木の星条旗通り沿いに位置する完全予約制の人気店。広東料理や四川料理をベースに、クラシカルかつ新風を吹き込む中国料理を、茶藝師が淹れる中国茶や、星付きレストランで修業を積んだソムリエが厳選した約800本の熟成ワインなどと共に堪能できる。

MAP

東京都港区西麻布1-4-48 大樹ビル 2F

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