鎌倉のアトリエで出会う名著の愉しみ −近代文学と名バーテンダーのオリジナルカクテルを味わう時間−

潮風の中、アートと文学と、人と人が出会う場所

江ノ電の長谷駅を降りて、海からの潮風を感じながら裏路地を歩くと、白い漆喰の外壁に緑の映える建物が佇んでいます。「Atelier＆Gallery 一凛」は、「潮風とアートと文学と」をテーマに2021年春にオープン。訪れる人を優しく迎え、あたたかな出会いが生まれる場所です。

主宰するのは、文筆家・稲垣麻由美氏。編集者でもあり、出版プロデューサーやブランディングディレクターとしても幅広く活躍しています。アトリエの窓一面からは心地良い光が入り込み、ゆったりとした時間の流れを感じることができます。

「人と人が深く交わる場になれば」との稲垣氏の想いに引き寄せられたかのように、ひとりのバーテンダーがこの空間に出会いました。様々なホテルで後進の育成に携わり、バーテンダーのコンテストにも出場するなど活躍を続け、2021年には、考案したオリジナルカクテル「Fly me to the Moon」が世界一と称された、戸塚信弥氏です。

今なお文豪の気配の残る長谷で、文学をこよなく愛する文筆家と、世界レベルのバーテンダーの出会いから生まれたOtonami限定プラン。月替わりで選ばれた1冊の名著を紹介する文学講座と、その作品をテーマにしたカクテルメニューのハーモニーが、これまで知らなかった文学世界を広げてくれます。名著に囲まれ、ゆったりとした時間が流れる空間で自由に感性を解き放つ時間は、大人の嗜みと美意識を深める特別なものとなるでしょう。

文豪の心と美意識に触れる、珠玉の芸術作品

アトリエの書棚に並べられた本の数々には、背表紙に美しい佇まいを感じられます。明治から昭和初期にかけての日本文学の名著複刻版約100冊の「一凛文庫」の中から、大切な宝石箱を取り出すかのように1冊の本を手にする稲垣氏。まるでとっておきの宝石をこっそりと見せてもらうような高揚感に包まれます。それもそのはず、本の外箱には見たことのない装飾が施され、これまで見知った本とはまったく違う趣が漂います。

「まず、手に取って、触れて、眺めてみてください」と稲垣氏。文学作品の初版本を、印刷や製本の技術から、誤字などの細部に至るまで当時のままの姿に再現した名著復刻版は、さながら芸術品です。漆塗りに蒔絵が施された表紙や、天（上部）に金箔が押された天金本、さらに装丁や挿画には錚々たる画家やデザイナーが名を連ねています。

「この豪華な本の装丁に、作家たちは自らの美意識を込めたのです」と稲垣氏。自費出版された本も多く、手に取る1冊1冊の装丁から文豪の想いやこだわりを感じられます。本を読む以外に幾重にも本の愉しみを知ることができるでしょう。時には物語の一節を朗読して、時には文豪の知られざる逸話に感嘆のため息をつき、話は尽きることがありません。

文豪の名著とストーリーを物語るカクテルの饗宴

ひとしきり文学の世界で遊んだ後テーブルへと運ばれるのは、この日の文学にまつわるストーリーが込められたカクテルと酒肴。戸塚氏が趣向を凝らしたオリジナルのドリンクとフードの数々が、アフタヌーンティーのようなスタイルで登場します。

「物語とカクテルには通じるところがあり、それぞれのストーリーを自分なりにカクテルに表現しています」と戸塚氏。この日のために選ばれた1冊は、宮沢賢治の『注文の多い料理店』（題材は月ごとに替わります）。まるで物語の世界へ誘うように、第1の扉が開くと、次は第2の扉……と、美しいドリンクが次々に登場します。カクテルと酒肴にはそれぞれ名前が付けられ、スパイスを効かせたティーカクテルなど、なじみの食材が新鮮な装いでお目見えし、感性が刺激されます。

戸塚氏は、本プランの企画を通して、あらためてカクテル自体も文学だと感じたといいます。「受け継がれてきた文化を紡いでゆくという点で、カクテルは昔の人の作品なのです」。そこには当時の時代背景や、生きた人たちの姿や物語があり、文学と同様にカクテルを味わうことで当時の歴史がありありと想像できるのだそう。戸塚氏によるシェイクの様子、人の心模様や想いを宿したカクテルの色合いを眺めながら、次第に物語のフィナーレへと誘われていきます。

1冊の本と1杯のカクテルと人が織りなす新たな物語

アトリエは、本を主役にドリンクと酒肴が寄り添い、アフタヌーンティーを囲むパーティーさながら。稲垣氏が紐解く文学の世界の奥深さを、戸塚氏がカクテルと酒肴でさらに広げていく……。時を超えた文豪のイマジネーションに包まれ、小さなアトリエの時空がどこまでも広がります。1冊の本によって、時代を超えて人と人が出会い、共に遊ぶ豊かな時間。眠っていた遊び心が目を覚まし、自然と喜びが湧いてくるようなひとときです。

自然と話が弾むなか、これまでどこか遠くに感じていた文学や文豪に親しみを感じられ、新しい価値観がもたらされるのではないでしょうか。五感をはたらかせ、時間の流れを忘れて過ごすひとときは、かけがえのない体験となるでしょう。

幾重にも広がる名作の魅力が見せてくれる新鮮な風景

アトリエを訪れ、美しい蔵書とカクテルを片手に物語の扉を開く本体験では、ページをめくるたびに感性が目を覚まし、物語の世界観を存分に味わうことができるでしょう。名著の歴史的背景や愉しみ方を教わることで教養が深まり、取り上げる作品は毎月替わるので、何度参加しても新鮮な楽しみと感動を感じられるはず。古都鎌倉の中でも、豊かな自然があり、文学にゆかりが深く、情緒あふれる長谷。この場所で得る体験と時間は、きっとこれまでの人生で見たことのない新しい風景を見せてくれるでしょう。