
Otonami Story
2025.6.27
日本遺産「赤穂の塩」づくりを守り、次世代へ。神秘の結晶に魅了された人々の軌跡。
赤穂化成
「塩の国」と称される兵庫県赤穂市。ここで革新的な塩づくりが始まっておよそ400年、「赤穂の塩」は文化庁認定の日本遺産に登録されています。数ある製塩メーカーの中でも「赤穂の天塩(あましお)」で愛されているのが、赤穂化成株式会社です。
赤穂に伝わる海水のにがりを活かした「差塩(さしじお)製法」を受け継ぎながら、製塩技術のさらなる進化を目指す赤穂化成。昨今は、世の中に多く流通している高純度塩にはない“本来の塩のおいしさ”を普及させる活動にも注力。体験型カフェや天日塩製塩ハウスを誕生させ、一般に向けて広く情報発信を行なっています。
ここに紡がれるのは、赤穂の塩の伝統を重んじつつ新たな挑戦を続ける赤穂化成の軌跡と、現場の担い手たちの“Story”です。
瀬戸内海ならではの温暖な自然に恵まれた“塩の国”兵庫県赤穂市
兵庫県南西部、瀬戸内海沿岸に位置する赤穂市。温暖小雨の「瀬戸内海式気候」で知られるように、一年を通して穏やかな心地良さに包まれています。赤穂化成株式会社が本拠を置く坂越(さこし)には、時代の面影を残す歴史的な港町が今も多く残されており、湾に沿って商家や酒蔵、寺院などが連なる情緒的な街並みが日本遺産にも登録されています。

赤穂といえば、塩。赤穂で良質な塩づくりが栄えたのは、この土地ならではの自然条件を最大限に活かした先人の知恵にあります。赤穂市内を貫流する千種川が、源流の中国山地から砂地を運び、瀬戸内海につながる河口部に広大な干潟を形成。この干潟を利用し、潮の干満差を巧みに取り入れた「入浜塩田」の技術が生み出されました。こうして赤穂の製塩業は飛躍的に発展し、「塩の国」と称されるまでになるのです。

時を超えて愛され続ける「赤穂の天塩」でおなじみの赤穂化成
赤穂化成株式会社は、日本遺産のひとつである「赤穂の塩」をつくり、その魅力を発信し続ける老舗製塩メーカーです。海水のにがりを活かした「差塩製法」を受け継ぎながら、およそ半世紀にわたって塩づくりの技術の進化や文化継承に情熱を注いできました。

江戸時代より伝統が続いた塩田での塩づくりでしたが、1971(昭和46)年に「塩業近代化臨時措置法」が成立したことを境に、急速に全国からその姿を消すことになります。効率的かつ低コストで大量生産できる製塩法「イオン交換膜法」が開発され、製塩業の工業化が一気に進んだことが要因でした。現代の食卓に並ぶ高純度塩はこのイオン交換膜法によるものが圧倒的に多く、私たちが慣れ親しんだ味ともいえます。

これらの食塩のほとんどは塩化ナトリウムで構成され、塩が本来持つにがりはほとんど失われています。「料理の味わいに奥行きが出ない」という消費者の声で、次第に塩田時代の塩を取り戻す動きが高まりました。需要に応じるべく、赤穂化成はにがりを含む伝統的な塩づくりの継承に注力。こうして、にがりをはじめ多くの成分を損なうことのない、自然の力が生きた「赤穂の天塩」が誕生したのです。

「にがり成分を大切にした塩こそ本来の塩」という考えのもと、消費者の声を反映しながら真摯に塩づくりに取り組む姿勢は今もなお受け継がれています。塩化ナトリウムだけでなく、マグネシウムやカルシウムなどのにがりを残した伝統製法は、塩味にまろやかさと深みを与え、素材の旨みを引き立てます。発売当初から変わらないその味わいと品質へのこだわりは、多くの料理人や家庭から高い支持を集めています。
未来を見据えた赤穂化成の新たなる挑戦
赤穂の天塩が誕生して50年以上が経った現在は、これまでの塩づくりの知見を基盤に、未来を切り拓く新たな取り組みにも力を入れている赤穂化成。そのひとつに、「高まる国産塩への需要に応えたい」「CO₂を排出しない環境にやさしい塩づくりをしたい」という想いをかたちにした「室内型の国産天日塩づくり」があります。赤穂化成のさらなる革新を担う、日本遺産部の野中香映さん、マーケティング部の坂本力也さん、そして赤穂化成唯一の塩師(しおのつかさ)である三宅良太さんは、この新たな天日塩づくりの仕掛け人ともいえるメンバーです。

太陽熱と風力の自然の力を利用した天日塩づくりは、環境にやさしい塩づくりの理想形でした。さらに国産にこだわる消費者からの声が多く聞かれることから、2023年、本社敷地内に建てられたのが「天のハウス」です。塩で錆びないよう木材を基にした透明な太陽熱利用ハウスで、雨をしのぎながら太陽の光を余すことなく取り込むことが可能。太陽熱によって濃縮した赤穂の海水をダイレクトに引き込み、さらに降り注ぐ太陽熱でじっくりと結晶化させる仕組みです。

オーダーメイドの天日塩づくりから学ぶ塩の神秘
日本ではすでに室内型の天日塩づくりが行われており、ひとつのブランドとして名を馳せているつくり手もいます。伝統の塩づくりの継承に心血を注いできた赤穂化成にとって、新たな製塩方法を取り入れることは大きな挑戦でした。「いわゆる後発隊となる私たちが天日塩を手がける際に重視したのは、先人たちとの差別化を図るために“多様なニーズに応えること”でした」と、坂本氏。つくり手の大半は一度に1種類の天日塩しかつくらず、お客様ごとの要望に沿うかたちでは展開していません。しかし実際は、料理人や飲食店が追求する味わいはそれぞれ異なります。

そこで赤穂化成では、一人ひとりの細かなニーズに寄り添うオーダーシステムを確立。専任スタッフのアドバイスのもと、塩を使う用途やシーンに合わせて味わいや粒の大きさを自由にカスタマイズできます。この希少な国産天日塩のおいしさと塩づくりの愉しさ・奥深さをより多くの人々に体感してもらうため、一般の方にも門戸を開いています。

天日塩のオーナーになると、海水の注入作業やできた塩を取り出す採塩作業など、製塩工程の一部を自らで行うという特別な体験も可能。「実際に塩づくりに関わることで、完成した時の感慨もいっそう深いものになります。この感動体験をお客様に届けることにやりがいを感じています」と、野中さんは話します。

塩への揺るぎない愛情に満ちたつくり手たちの想い
オーダーされた塩は、天のハウスにある約300kgの天日塩と共に、この道約30年の三宅さんによって管理されます。夏場になると室内温度が60度にも達する過酷な環境下で、塩を見守る毎日。オーナーごとに要望が異なるオーダー塩は、手入れの頻度や採塩のタイミングも様々。さながら塩と“対話”するように、細やかに塩を観察しています。

機械化された塩づくりとは違い、約2~3ヶ月かけて結晶を進める天日塩づくり。「日々変わる環境に応じて管理することが難しくもあり、面白さでもあります」と話す三宅さん。特に暑い夏は結晶スピードが速いため、これまでの経験則に基づいた撹拌頻度のコントロールが必要なのだとか。三宅さんを突き動かすのは、「環境にやさしく、安全でおいしい塩をつくりたい」という一途な思い。徹底的な環境管理の中で、まさに手塩にかけるようにしてつくられた国産の天日塩が完成します。

「オーナーの要望通りの塩ができた時、そしてそれをおいしいと言ってもらえた時が、やっぱり嬉しい」と、屈託のない笑顔で語る三宅さん。商品化したいと依頼を受けることもあり、やりがいにつながっているのだそう。自分自身の好みを詰め込み、じっくり時間をかけて結晶化した国産天日塩は、これまでに口にしたことのない特別な味わい。どんな料理で愉しもうか、誰と味わおうかと想像が膨らむでしょう。
赤穂の自然がもたらす“本来の塩のおいしさ”を届け続けるために
坂越の地で伝統ある赤穂の塩を手がけ、半世紀以上にわたりその魅力を発信し続けてきた赤穂化成。新しい挑戦は天のハウスでの国産天日塩づくりだけにとどまりません。赤穂の塩や食文化について学びながら楽しめる体験型のカフェ「AMAMI TERRACE」の展開もそのひとつ。塩を使ったメニューやテイスティングから塩の魅力を再発見してもらうだけでなく、この地で塩づくりを行っていた人々の歴史や文化を継承し、訪れる人にその価値を伝えることを使命としているのだそう。
さらに、環境に配慮した持続可能な取り組みにも力を入れています。「海水中の塩分は塩製品に、水分はミネラル成分を調整した上で飲料に、その過程でできるにがりも商品に活用するなど、限りある地球資源を無駄にしないことも大切にしています」と、野中氏。

これからの展望を尋ねると、3人の視線はさらなる未来へと向けられていました。「引き続き塩づくりの技術を追求しつつ、日本各地、その土地でしか採れない天日塩をつくることも視野に入れています。まだまだ課題が多く一筋縄ではいきませんが、今後も消費者の皆さんの声に耳を傾けながら、ひとりでも多くの人に“本来の塩のおいしさ”を届けたいです」。そう話しながら明るく笑う瞳の奥には、塩への深い愛と自然界への畏敬の念が宿っていました。赤穂の悠々たる自然がもたらす奇跡が、この先も赤穂の地から生まれます。

赤穂化成
1971(昭和46)年創立。赤穂東浜塩田の伝統である海水のにがりを活かした差塩製法を受け継ぎながら、塩づくり技術のさらなる進化を目指す老舗製塩メーカー。主力商品は天日塩とにがりを原料とする「赤穂の天塩」。独自の脱塩、ミネラル調整技術による海洋深層水製品などを開発。海洋研究をより深く掘り下げながら、ミネラルの可能性を追求している。
MAP
兵庫県赤穂市坂越329番地