
Otonami Story
2025.2.28
シェフパティシエと茶道家。託しあい共創する唯一無二のデザートレストラン
Interviewee
çayca シェフパティシエ 栗原薫さん・茶道家 白井智子さん
2024年にオープンした東京・代々木上原のデザートレストラン「çayca(サイカ)」。名門レストラン出身のシェフパティシエ・栗原薫さんと、同じくパティシエの経歴を持つ表千家教授・白井智子さんが共演し、これまでにない日仏融合の美食で魅せる店です。
コース全体を茶道における“茶事”に見立ててメニューを構成し、季節ごとの一品一品を表現します。白井さんの抹茶のお点前からはじまり、栗原さんの芸術的でセンセーショナルなアシェットデセールが登場します。
互いを尊敬しあい、それぞれの領域を託しあっている二人。「ゲストと共に最高の場をつくりたい」と店づくりに至るまでには、それぞれの修行時代の道のりや日本とフランスでの経験、食や文化に対する葛藤や深い思いがありました。
新たなデザート体験ができる場として注目される、新進気鋭のレストランの“Story”に迫ります。
茶道×フランス菓子で魅せる、他に類を見ないデザートレストラン
目の前で点てる抹茶と出来たてのアシェットデセールを、茶道における“茶事”に見立てて提供するデザートレストラン、çayca。これまでにないオリジナリティを持つ店として、2024年のオープン以来、デザート好きから熱い視線が注がれています。店名の由来は「茶(ça)」と「菓(ca)」を、フランス語で場所を表す中性代名詞の「y」でつないだ造語。そして和と洋の差異(違い)を楽しんでほしいという想いが込められています。

çaycaを作り上げるのは、「ベージュ アラン・デュカス東京」をはじめ都内屈指の星付きレストランに勤務、「シェ松尾・松濤レストラン」や芝公園「レストラン クレッセント」ではシェフパティシエを務めた栗原薫さんと、同じく「ベージュ アラン・デュカス東京」で活躍し、その傍ら、茶道家として表千家で最高位の免状「盆点」を取得した表千家教授・白井智子さんの二人です。

日本人でありながらもフランス菓子と密接な関係だった二人。çaycaをオープンするまでどのような道のりを歩んできたのでしょうか。
生粋のレストランスタイルの中でデザートを学び、独自の解を見つける
専門性の高い仕事に憧れていたという栗原さん。数ある専門学校のうち、日仏で学べる辻調グループ校に入学し、シェフパティシエへの道を切り開きました。なかでもフランス校での授業はパティシエとして栗原さんが進む道を決定づけたそう。

「授業では、レストランのコース形式の流れに従って調理・提供する練習をしていました。そのためどんなデザートを作ろうと必ず “フルコースの最後の一品” になるんです」。美食の国・フランスが育んだレストラン文化に身を投じていた栗原さん。複数人が食のリレーをつなぎ、そのフィナーレを飾ることが栗原さんにとってのスタンダードになっていました。

社会に出てからは、大切な記念日やビジネス会食の場に選ばれるような名店で働いた栗原さん。次第に、デザートのあり方を深く考えるようになりました。「フルコースの最後のデザートは、お腹を満たす以上に、その場のシチュエーションや感情を意識した心を満たすものであるべきでは……と思うようになったんです」。そんなとき「アートとしての食」という新しい概念と出会ったことや海外プロジェクトでの学びを経て、栗原さんは感情やインスピレーションからデザートを生み出し始めます。

新たなアプローチに開眼した栗原さんのデザートは、ショーケースに飾って眺めていたいほどに繊細で美しく、そして鮮やかな情景を心に描いてくれます。また、食べやすさや喉越しの良さもとことん追求されており、豊富な経験値と確かな実力を五感で感じられます。
パティシエの修行中に気付いた日本の四季の尊さを、茶道で極める
一方、白井さんは、幼少期より茶道家であるお母さまの影響で茶道に触れていました。お茶会帰りにお菓子を持って帰ってきてくれるのが何よりの楽しみだったといいます。さらに料理やお菓子づくりも好きで、小学生の頃は休日の朝にホットケーキを作るのがルーティンだったそう。時は流れ、同志社大学の経済学部に進学しましたが、卒業前に就職氷河期へと突入。不景気の中「仕事をする上でどうせ苦労するなら、自分の好きなことで苦労したいと思いました」と白井さん。好きだったお菓子づくりを専門的に学ぶことを決意しました。

フランスの名門料理学校「ル・コルドン・ブルー」の東京校に入学し、その後ホテルやパティスリーなどで働いていた白井さん。さらなる研鑽のためにパリへ渡ったとき、ターニングポイントが訪れました。「南仏のアヴィニョン郊外をバスで走行していたとき、見えた山がまったく木が生えていない岩山だったことに驚きました。日本の山は春から夏にかけては緑が濃くなり、秋には美しい紅葉が見られます。日本の四季は当たり前ではなく、いかに貴重で情緒あふれるものだったかを思い知らされました」。この出来事をきっかけに、日本のことを深く学びたいと強く思うようになったといいます。

帰国後、白井さんは日本の総合芸術といわれる茶道の稽古に励むようになりました。パティシエと茶道家の二刀流となった白井さんは、これまでの知識と経験を活かして「茶室で楽しむ洋菓子」や「ビジネスマンに必要な教養茶道」などのイベントを開催。çaycaでは茶道のみに専念し、新たな形で日本文化の素晴らしさを伝えています。
託しあい、共創する。純度の高い信頼関係
フランスでの修行経験から「日本とフランスとの融合による新しい食(デザート)の価値を提供できたら、記憶に残る食体験になるのでは」と考えるようになった栗原さんと白井さん。栗原さんが白井さんに声を掛けたことにより、はじめは各自で抱いていた想いが化学反応を起こし、çaycaが誕生したのです。

二人とも長年のパティシエ経験を持つデザートのプロ。デザートの魅せ方や素材の構成には活発な意見の交わしあいがあるのでは……と思いきや、むしろその真逆でした。「互いの領域に干渉しないことが、うまくやれる秘訣。ネガティブな意味ではなく、ある意味の線引きを大切にしています」と栗原さん。白井さんも「パティシエとして栗原さんのことを尊敬していますし、彼女も私を茶道家として認めてくれている。お互いを尊重しているからこそ、それぞれの領域を安心して託せるんです」と話します。
ゲストと共に生み出す非日常の空間づくり
Otonamiプランでは、通常のメニューにはない、月替わりのテーマとその日の旬を掛け合わせた特別なコースを味わえます。その時々のテーマに合わせて服装やアクセサリーをコーディネートするのも、体験をより楽しむポイントとしておすすめです。「 “一期一会” や “一座建立” という言葉で表現されるように、その場を最高の瞬間にするためには、もてなす側・ゲスト側の両方がお互いを思いやることが大切とされています。ドレスコードはそのためのご提案のひとつです」と白井さん。

栗原さんも「ゲストの方が店の扉を開けたとき、どんな世界が広がっていたら喜んでいただけるか……。そんなストーリーを想像することからデザートづくりがはじまっています。一緒に、その日限りの非日常を楽しんでほしいですね」と話します。
オープンしてまだ間もないçaycaですが、すでに次の挑戦を見据えています。それは、シェフをお招きし“茶事”に見立てたフランス料理のコースを提供すること。想像するだけでも胸が高鳴ります。

最後に白井さんが「和漢のさかいをまぎらかす」という茶の湯のあり方を示した言葉を教えてくれました。漢は中国のことですが、広い意味では外国を指し、「日本のものと海外のものが調和して渾然一体となることが大事」というニュアンスなのだそう。日本とフランス、それぞれの文化が持つ個性を最大限に活かしながら、日本文化の本質的な素晴らしさ届けたいと二人の店づくりは続きます。çaycaが贈る、日仏融合の優美なデザート体験で新しい美と味わいの景色をのぞいてみませんか。

çayca
東京・代々木上原に佇む完全予約制のデザートレストラン。シェフパティシエの栗原薫氏と茶道家の白井智子氏による茶道とアシェットデセールを融合させた新しい茶事を楽しめる。静寂と品格に包まれた空間で、日本文化とフランスの菓子文化が織りなす唯一無二のデザートを提供。抹茶のお点前からデザートにつながるひとつの流れを、茶事として体験できることが魅力。茶道を通じて知る和の美意識に加えて、フランスならではのエスプリが光るアシェットデセールの世界を体感できる。
MAP
東京都渋谷区西原3丁目22−15 3F