Otonami Story
2022.04.18
人が集うことで、化学反応のように何かが生まれる。偶然ではない巡り合わせの先にあるもの。
Interviewee
Atelier&Gallery 一凛 稲垣麻由美さん
鎌倉・長谷駅からほど近い長谷弐番館の最上階に佇む「Atelier & Gallery一凛」。"潮風とアートと文学と"をテーマに掲げたこの場を主宰するのは、鎌倉在住の文筆家・稲垣麻由美さんです。
2021年春のAtelier & Gallery一凛のオープンからこれまでのことを「縁があったりタイミングが良かったりと、本当に運が良かったんです」と話す稲垣さん。文学だけにとどまらず、アートや文化にも深く関心を寄せる真剣なまなざし。そして、それらを愛していることが伝わる優しい笑顔で、これまでのあゆみについて語ってくださいました。
稲垣さんが出逢ってきた、やわらかでぬくもりある不思議な巡り合わせの“story”をたどります。
これまでを振り返り、これからを考えること
兵庫県神戸市で生まれた稲垣さん。現在は、オフィスを東京から鎌倉に移し、文筆業だけにとどまらず、出版プロデューサーや、政治家・経営者・著者に向けたイメージコンサルタントなど、幅広く活動しています。
「残りの人生で何がしたいか」。これは2020年、新型コロナウイルスの流行でオンラインでの仕事が増え、東京を拠点にする必要がなくなった時期に稲垣さんが考えていたことでした。
「オフィスを東京から鎌倉に移したらどうなるだろう?」「通勤時間が半分以下になったら、もっと面白いことができるかもしれない」……そんな希望から、近所で物件探しを始めたのです。「もし、いい物件が見つからなかったら“文筆業に専念しなさい”と神様が言っていると思うことにしよう。そう心に決めていたんです」。
潮風と文学の香りが漂う街での出会い
長谷駅からほど近い、長谷弐番館に構える「内田正泰記念アートギャラリー」。お気に入りの場所として、稲垣さんは散歩がてら、このギャラリーをたびたび訪れていました。
ある時ふと「上の階はどうなっているんだろう?」と思い最上階に向かうと、そこにはこの建物を手がけた建築家のオフィスがあったそうです。「そこで、この場所をたびたび訪れるといったことや、自分の現状もお話ししたんです。すると数日後『ここをあなたに貸すことにしました』と言われて。本当に驚きましたね」
長谷駅から近く、海にも近い。鎌倉文学館や川端康成邸にも歩いていける距離の、文学の香りが色濃く流れる土地との出逢いは、ひとつめの不思議な巡り合わせでした。
美しい本に魅せられて
Atelier & Gallery一凛では、明治〜昭和初期にかけての日本文学の名著複刻版を「一凛文庫」として約100冊所蔵しています。稲垣さん自身その美しさに魅せられ、これまで個人的に少しずつ収集していましたが、ここまで揃ったのには大きなきっかけがあったそうです。
「手に取るたびに、なんて美しい本なのだろうとため息が出ます」。そんな感動をSNSで発信したところ、友人から突然「母が所蔵していた美しい本がたくさんあるけれど、事情があって引き取り手を探している」という相談がありました。そうして稲垣さんのもとに届いたものこそ、段ボール4箱分ほどの名著復刻版。ふたつめの巡り合わせでした。
「文学」と「一花一葉」の体験プランができるまで
「これほど素晴らしい本たちが、縁あって私の元に来てくれたということは、何か意味があることなのだろう。自分ひとりで眺めているだけではもったいないし、何か広く貢献できることがしたい」。そう思って、友人であるフラワーアーティストの熊谷珠樹さんに相談したところ、「文学と花を掛け合わせて何かできたら面白いのではないか」と言われたのです。そして、美しい装幀の本を2人で眺めながら、「1冊ごと、本の内容に沿った花を活けてみるのはどうだろう。しかも、一花一葉で」というアイディアが生まれたのです。
「一花一葉」とは、一輪の花と葉を使った生け花のこと。「削ぎ落とされた美しさと日本人の精神性を表現する一花一葉と、日本の文学作品には共鳴するものがあります」と稲垣さん。そんなおふたりの感性から生まれたのが、月替わりの文学作品ミニ講座と一花一葉の生け花を共に体験する、今回のOtonamiオリジナルプランでした。
失われつつある「豊かさ」を忘れないために
「今の社会では、忙しくて常に時間に追われている人が多いと感じています。世界がどんどん便利になっていくのに、なんだか心満たされないことが増えていませんか?古い文学作品に触れると、目標達成を目指すビジネス書とは明らかに違う世界が広がっています。Atelier & Gallery一凛での体験では、いっときスマホのスイッチを切って、心穏やかに美しい世界に浸ってほしいんです」。
難しい文学作品を読むことだけが文学を楽しむことではありません。少し触れるだけでも、ぱらぱらめくって見るだけでもよし。ただ「綺麗」や「すごい」といったシンプルな感想でも良いのだと、真っ直ぐな瞳で稲垣さんは語ります。
「文学講座や一花一葉の生け花を通して、皆様が何かを感じ、いつもの世界が少しだけでも違って見えたらいいなと思っています。私たちの体験がそういったきっかけになることができれば、心の底から嬉しいですね」。
Atelier&Gallery 一凛
鎌倉在住の文筆家・稲垣麻由美氏が主宰するギャラリー。「潮風とアートと文学と」というコンセプトのもと、人と人の深い交流の場として様々な講座や展示を開催している。明治〜昭和初期にかけての日本文学の名著複刻版を「一凛文庫」として多数所蔵。
MAP
神奈川県鎌倉市長谷2-12-17 長谷弐番館 3階