Otonami Story
2024.11.20
かけがえのない思い出をお菓子に込めて。父娘で営む英国頂点のティールーム。
Interviewee
JURI'S TEA ROOM オーナーシェフ 宮脇樹里さん
英国No.1のティールームに与えられる「トップ・ティー・プレース」を受賞した「JURI'S TEA ROOM」。英国のコッツウォルズで誕生し、現在は東京・麻布十番に店を構え、父と娘二人三脚で営むティールームです。
オーナーシェフの宮脇樹里さんは、本場・英国の人々の舌を虜にした、いわば“アフタヌーンティーの女王”。その人生のほとんどを英国で過ごし、料理の腕と感性を磨いてきました。
家族一丸となって現地の人々に愛される味とあたたかなサービスを目指し、最高峰まで昇りつめた先にたどり着いた日本で、英国の文化と心豊かなひとときの大切さを伝えています。
数々の困難がありながらも育み続けた家族の絆。かけがえのない思い出を胸に、どこか懐かしくやさしい味わいの英国菓子をつくり続ける、宮脇さんの“Story”をお届けします。
イギリス・コッツウォルズで誕生した伝説のティールーム
「アーツ・アンド・クラフツ運動」の主導者であったデザイナー・ウィリアム・モリスが「イギリスで最も美しい村」と称えた地を有する、コッツウォルズ。歴史ある街並みとおしゃれなティールームがひしめく、英国が誇る観光地です。そこに2003年に創業した「JURI’S TEA ROOM」。宮脇さん一家が営む小さなティールームは2008年、英国No.1のティールームに与えられる「トップ・ティー・プレース(U.K.’s Top Tea Place 2008)」を、外国人が手がける店として初受賞する快挙を成し遂げました。
惜しまれながらもコッツウォルズ店は閉店しましたが、2022年に日本にて麻布十番店をオープン。オーナーシェフの宮脇樹里さんが手がける日本人の味覚に寄り添ったイギリス菓子、お父さまの巌さんによる愛情あふれるおもてなしで、コッツウォルズの風を感じる心豊かな癒しの時間を届けています。
「家族第一」の両親のもとで育ち、愛にあふれた幼少時代
お父さまの仕事の関係で、日本・ドイツ・イギリスと国内外を転々としてきたという宮脇さん。どんな場所でも穏やかに暮らせたのは、「家族第一」を貫いてきたご両親のおかげだと話します。「若かりし頃の父は、昭和時代のサラリーマンにも関わらず率先してアフターファイブを楽しみ、家族旅行のために長期休暇を取る人でした。母も同じように、家族の時間を何より大切にする人だったので、どこにいても安心して過ごせたんです」。
様々な土地での暮らしを経験してきた宮脇さんは、ドイツ滞在中に人々の「丁寧な暮らし」に触れ、刺激を受けたといいます。古きよきものを重んじ、愛でる考え方、自分の心を犠牲にしない、ほっと安らぐ時間を大切にする生き方……。どれもが現在の宮脇さんを形づくる価値観となり、JURI’S TEA ROOMがミッションに掲げる英国の伝統の継承と、その空間に流れるアットホームな雰囲気に通じています。
憧れを追求するなかで気がついた家族の尊さ
大学時代はスコットランドにある名門校、セント・アンドリュース大学で国際政治学を学んでいた宮脇さん。料理に目覚めるきっかけとなったのは、その時期に知ったアメリカの実業家、マーサ・スチュワート氏の存在でした。「料理にお菓子づくり、アンティーク、インテリア、ガーデニングなど、どんなことも本格的にこなす彼女の姿に強い憧れを抱きました」。
マーサ氏のようになりたいと思った宮脇さんは、まずは得意なことから極めようと、卒業後はフランスの料理学校・ル・コルドン・ブルーのロンドン校で料理とお菓子づくりの勉強に励みます。1年で2つのコースを同時に学んだ後、オックスフォードシャーにあるマナーハウスホテルの中の星付きフレンチレストランへと修行の場を移しますが、あまりの忙しさに自宅に帰ることもできない日々が続きました。「一日中厨房に閉じこもり、帆立貝を開ける作業をしていた日も。いつしか家族とも音信不通になっていったんです」。
すると心配したお父さまから職場に電話があり、久しぶりにきちんと話ができたのだそう。お母さまからも言葉をかけられ、「憧れを追い求めて料理を始めたはずなのに、いつしか目の前のことをこなすのに精一杯になっていました。父と母と話して冷静さを取り戻し、今の選択は自分の目指すべき方向ではないと気がつきました」。
このことで、家族3人で離れずに暮らしたいとの想いを強くした宮脇さん一家。ロンドンで日本人旅行者向けのオーベルジュの経営を始めますが、感染症の流行やニューヨークのテロ事件などが起き、日本からの客足は激減してしまいます。「落ち込んでいても仕方がない」と、大変な時こそ持ち前の明るさで家族を引っ張るお父さまの一声でリフレッシュに訪れたのが、コッツウォルズの地でした。
憧れの地・コッツウォルズでスタートさせた家族3人の暮らし
宮脇さん一家にとって、何より宮脇さんのお母さまにとって長年“憧れの地”だったというコッツウォルズ。その魅力を体感し、何度も足を運ぶうちに、運命的な物件を見つけました。「ティールームをしよう、というのは思いつきでした。家族みんなが一緒に、住みたい場所で暮らせることが大前提で、今思えば内容は二の次だったんです」。この判断を宮脇さんは「一流フレンチで修行していたから、というおごりがあったかもしれません」と振り返ります。
「突然現れた日本人シェフが、伝統的なティー文化を持つイギリスで、イギリス菓子のこともよく知らずにティータイムを提供する……。当然、うまくいきませんよね。お客さまに怒られることも多々ありました」。イギリスの家庭の味を学ばなければと、ファーマーズマーケットに通い詰めて手づくりのお菓子を試食したり、地元のフードライターが書くレシピを参考に試作を重ねたりと、情報をかき集め、この地に根付こうと試行錯誤する毎日が始まったそうです。
幸せの最中に訪れた深い悲しみ
必死で腕を磨く宮脇さん、その姿を支えながらイギリス流のサービス習得に励んだご両親、三位一体の努力は少しずつ花開き、いつしかお店は地元で評判のティールームへと成長を遂げました。そして2008年には晴れて「トップ・ティー・プレース」を受賞。全世界の注目の的になり、一家で喜びを噛み締めていました。
しかし幸せの絶頂のなか、突然お母さまが病気になり、他界してしまったのです。そのショックから、宮脇さんは調理や接客が困難に。お父さまもこの頃の記憶が曖昧になっているといいます。休養を経てお店は復活を遂げたものの、お母さまの面影が色濃く残る場所で続けていくことへの難しさを感じ、2人はお店を閉じるという苦渋の決断をしました。
失意のなか日本に帰国した宮脇さん父娘。しかし、わずかに前向きな感情もあったといいます。「百貨店からお声がけがあり、日本で自分たちが求められていることを知ったんです。今度は父と2人、新たな場所で、日本の人々に心身の休息になるような時間を届けられたらと思いました」。
はじまりの地にもう一度、家族との思い出を探しに
こうして2022年、麻布十番に復活したJURI’S TEA ROOM。多くの人に愛された本店の雰囲気を残しながらも、デザートやサンドウィッチの味わいは日本人の味覚に寄り添うようアレンジ。イギリスの食文化の伝承も新たなミッションとし、お父さまと二人三脚でおもてなしを続けています。
その店内を貸し切って開催するOtonami限定プランでは、優雅でありながらあたたかみがあふれる空間のなか、プロトコール(国際儀礼)の講師資格を有する宮脇さんから本場のアフタヌーンティーマナーを学び、特製のアフタヌーンティーをいただきます。「マナーの真髄は相手を思いやる心。そしてあらゆる所作には歴史的背景からなる裏付けや物語があります。ゲストの皆さまには、私自身が現地で学んできたことをしっかりとお伝えしたいと思っています」。
今後はコッツウォルズで実践してきたオーガニックな暮らしの再現や、自身のライフワークを伝える活動など、様々な可能性を模索していきたいと語る宮脇さん。さらに、「ようやくまた、父と共にコッツウォルズに足を運べそうな気がしています」と瞳を潤ませながら微笑みます。「母が愛した場所や家族みんなで過ごした思い出を忘れたくないんです。今も変わらず、家族の存在が私の原動力です」。3人の絆の深さは、JURI’S TEA ROOMの店内を包む家庭的な心地良さとして、宮脇さんのつくるお菓子のやさしくどこか懐かしい味わいとして息づいています。
JURI'S TEA ROOM
東京・麻布十番にある本格英国式ティールーム。イギリスのコッツウォルズで創業し、英国No.1のティールームに与えられる「トップ・ティー・プレース(U.K.'s Top Tea Place 2008)」を外国人が手がける店としてはじめて受賞。以降5年連続で「アワード・オブ・エクセレンス」に選出される。コッツウォルズでのティールームを再現し、本場の味わいと温かな接客でアフタヌーンティー好きの心を掴む。
MAP
東京都港区麻布十番2丁目2-14-4 エタニティ麻布十番2階