
Otonami Story
2025.6.25
祈りや想いを夜空に放つ。日本伝統の美意識を未来に伝える「和火」の光。
株式会社丸富
日本の夏の風物詩のひとつでもある夜空に咲く大輪の花、打ち上げ花火。時代を追うごとに芸術性が高くなり、今では様々な色や形の花火を楽しめるようになりました。
夏のエンターテインメントとして、各地の花火大会でのきらびやかな花火が人気を集める一方で、古くから続く日本伝統の花火「和火」が見直されています。
江戸時代に花開いたといわれる日本の花火文化。当時の人々は、和火を打ち上げて神への祈りや感謝、鎮魂の想いを表現していたそうです。
今回は、甲州花火で知られる山梨県の市川三郷町を訪ね、和火を専門に扱う株式会社丸富で活動する和火師・佐々木巌さんにお話を伺いました。日本が育んできた伝統の美意識をたどり、今こそ世界に発信されるべき和火の”Story”に迫ります。
戦国時代からの伝統を受け継ぐ山梨の花火
戦国時代に使われた烽火(のろし)が起源とされている、日本の花火。山梨県を本拠地とした戦国大名の武田信玄は、烽火を駆使した大規模な伝達網を構築していたといわれています。その後、火縄銃の火薬がつくられ、戦のない江戸時代には、使われなくなった火薬を用いて観賞用の花火が製造されるようになりました。さらに、江戸との交流により花火の打ち上げ技術がもたらされ、今でも山梨県は打ち上げ花火の主要生産地のひとつでもあります。

また、明治時代に確立された伝統的な技法で製造される「甲州花火」は、2023年に山梨県の郷土伝統工芸品に認定。日本各地で行われる花火大会では、職人による甲州花火が数多く出品され夜空を彩っています。
今回訪れたのは、甲州花火の生産地である市川三郷町の山中にある丸富の工房。ここで和火専門の花火師「和火師」として活動する佐々木さんは、花火の製造が盛んになった背景には、火薬に加えて平安より前の時代から長い歴史がある「市川和紙」の存在も大きいと推測します。日本の伝統的な花火製造において、和紙は重要な材料。火薬を包む玉皮やそれを覆う上貼り紙、線香花火の軸など、花火には多くの和紙が使用されています。「上質な紙漉きの技術と花火文化の発展は無関係とは思えません」と佐々木さん。様々な伝統技術が日本の花火の発展を支えてきたのです。

時代の流れに伴い「和火」から「洋火」へ
江戸時代までにつくられていた伝統的な花火、いわゆる和火は、硝酸カリウムでできた硝石、硫黄、木炭を原料とする黒色火薬を使用します。それらはみな、日本国内で産出される自然由来の素材です。あたたかみのある赤褐色の色合いは、炭を起こした時に爆ぜて飛び散る火の粉と同じ。和火は炭の火の粉の燃える色のみで表現される花火なのです。

古来から和火は観賞用と位置付けられてはいましたが、主に五穀豊穣の願いや神への祈り、鎮魂の意味合いで打ち上げられていました。一方、明治時代に西洋から伝来した「洋火」は、火薬に化学化合物を混ぜた炎色反応により色鮮やかな表現ができる花火。海外において花火はお祝いやお祭りで使われることが多く、彩り豊かな洋火が登場して以降は、日本でもイベント性や芸術性を打ち出すものが多くなりました。「現代では、9割がエンターテインメントとしての花火になってきているのではないでしょうか」と佐々木さんは分析します。

日本伝統の美意識を伝える和火の可能性
花火師に憧れ花火の世界に入った佐々木さんは、次第に和火に魅せられるようになったそう。「洋火を使った演出をして競技大会に出たこともありましたが、明るく華やかな洋火がもてはやされるなかで、素朴であたたかい光の和火が注目されなくなっていることに、寂しさを感じるようになりました」。派手さが求められる現代の花火業界で、存在感を失いつつある和火の素晴らしさを発信するため独立した佐々木さん。和火に特化した「和火師」という肩書きで活動を始めました。

和火の魅力を「日本独自の精神性と文化を秘めているところ」と語る佐々木さん。奥ゆかしい単色の光の中にある日本伝統の「わび・さび・幽玄」の美学や、穏やかな光が静かに消えていく儚さ、光が消えた後の静寂と余韻……。素朴な花火を目にして、美の概念を思い浮かべる日本人の感受性や、そこに働きかけることができる和火に可能性を感じています。

日本人の感性の土台には、“自然との共生”という概念があるのでは、という佐々木さん。「松明(たいまつ)を灯したりお焚き上げをしたりなど、遠い祖先に想いを馳せる、そんな日本人の本能に、和火ならではのナチュラルな光が働きかけて心を癒してくれるような気がしてなりません」。

単色ゆえに可能となる奥行きのある表現
和火・洋火に関わらず、打ち上げ花火は光を出しながら燃える火薬の粒、「星」という部品をつくる際に高度な技術を要します。和火の素材はシンプルながら、硝石と木炭との配合を変えたり、炭の粒の大きさを変えたりすることで、火の粉の燃焼時間や大きさや残り方を調整できるそう。

佐々木さんは経験を積むなかで表現の幅を広げながら、自らの手で焼いた炭を粉砕して使うなどさらなる工夫を加えています。「単色ではありますが、濃淡や強弱をつけることで奥行きを出せるのが、和火の真骨頂です」。それは、まるで墨一色で豊かな表現ができる水墨画のようです。

佐々木さんは、和火の表現の幅を広げるため、丸富で開催するイベントでは演出方法にも気を配っています。花火を打ち上げるタイミング、打ち上がった時の音、音が消えた後の余韻、次の花火までの間など、より和火の魅力が伝わるように調整しているのだそう。また、打ち上げ花火だけではなく、より身近に感じられる線香花火や手持ち花火でも和火の表現力を磨いています。

世界に求められる日本独自の美学が宿る和火
「現在、和火という言葉を知っている人はほとんどいないと思います」。佐々木さんは、花火大会でなかなか見ることがない和火を広く知ってもらうため、和火に特化したイベントやワークショップを積極的に行っています。Otonami限定の体験プランでは、自分で制作した和火と共に、佐々木さんによる約24発の打ち上げプログラムをプライベートで鑑賞できます。実際に和火を目にした海外からのゲストからは、自国でも和火を紹介してほしいとの要望もあるといいます。

人々の祈りや想いをのせて夜空で弾ける和火の光。その儚さや音が消えた後の余韻、心に残る静けさなどが、日本国内のみならず海外からも注目される和火の真価なのかもしれません。
和火が「SUSHI」や「SOBA」のように、「WABI」として世界に広がり、人々が和火を通して祈りや想いを伝え合う日が来る。そんな未来への願いが込められた“和火”を巡るStoryはこれからも続きます。


株式会社丸富
山梨県市川三郷町にある花火会社。町内の山中に工房を構え、日本独自の美学を表現する和火を中心に開発・制作・演出を行う。和火の原点である、祈りや鎮魂を目的とした花火の打ち上げやイベントの企画に携わる一方、自然が織りなす情景をテーマに、線香花火や手持ち花火をプロデュース。花火に触れ合う体験を通して日本文化の伝承に貢献している。
MAP
山梨県西八代郡市川三郷町市川大門191-1