Otonami Story

2024.11.29

川場村から世界へ、日本酒の価値を高める挑戦を。情熱と心意気で伝統と革新のバトンをつなぐ。

Interviewee

永井酒造 永井則吉さん・永井松美さん

利根川の源流にある群馬県川場村で、「地元の自然美を表現するきれいな酒」を造る永井酒造。1886年の創業以来、伝統を受け継ぎながら革新的な取り組みを続けてきました。

6代目当主・永井則吉さんは、シャンパーニュと同じ製法で造る「awa酒(スパークリング清酒)」の開発に続き、「ヴィンテージ酒(熟成酒)」を発売。その原動力は、「日本酒の価値を高めたい」という情熱です。

日本酒の消費が低迷するなか、先代から渡されたバトンを未来へつないでいくために何ができるのか……。伝統と革新、そして挑戦の“Story”に迫りました。

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建築から酒造りの道へ。日本の伝統産業としての家業の価値を再認識

日本の原風景が残る群馬県川場村。この地で創業した「永井酒造」は、自然の恵みを存分に享受して日本酒を醸す蔵元です。利根川の源流で酒を造りたいと考えた初代・永井庄治氏が、川場村で出逢った水に惚れ込んだことから永井酒造の酒造りが始まりました。仕込みに用いられるのは、霊山として信仰を集める武尊山の雪解け水。美しい尾根の山々と田園風景を思わせる清澄な味わいが特徴です。

武尊山の雪解け水は、地下を通って豊富なミネラルを含み、蔵まで流れる

次男として生まれた則吉さんは、「家業を継ぐ予定はまったくありませんでした」と振り返ります。則吉さんを日本酒の世界へ導いたのは、学生時代に学んだ建築でした。新しい蔵を造るプロジェクトに加わったことが人生のターニングポイントとなり、建築と酒造りの類似点に気づいたといいます。

「酒造りはアート&サイエンス。0から1を作るという考え方も、建築と共通する部分ですね。家業の持つ日本の伝統産業としての価値をはじめて顧みた瞬間でした」。

永井酒造を切り盛りする永井則吉さん・松美さん

「伝統産業を受け継ぐことの重みを意識しながら、一方で新しい概念の中でものづくりをすることを、学生時代から培ってきました。私はそれを“伝統と革新”という言葉で表現しています」と則吉さん。

川場村に根ざして代々引き継がれてきた永井酒造の酒造り

伝統と革新を体現する取り組みのひとつが、ヴィンテージ酒の開発です。「日本酒は吟醸や大吟醸といったスペックで価格が一律に決められてしまいます。しかし、それだけでは米のお酒としての本来の価値が伝わりません。そこで、エレガントで繊細な飲み心地のヴィンテージ酒を造ろうと考えました。実は30年ぐらい前から取り組んでいて、15年ほどかけて完成したのですが、熟成に関する研究は今でもずっと続けています」。

日本酒と料理のペアリングコンセプト“NAGAI STYLE”

ヴィンテージ酒の開発からほどなくして着手したのが、「awa酒」の開発です。「世界のワイン市場を見ても、いきなり赤ワインの年代物から飲むことはありません。必ずはじめにシャンパーニュを飲んで、白ワイン、赤ワインと、メニューに合わせてソムリエが順番に提案していきます。日本酒にもワインのような食事とのペアリングが必要だと思いました」と則吉さんは話します。

川場村の豊かな水が生み出す日本酒は清澄な味わい

則吉さんが目指したのは、シャンパーニュと同じ瓶内二次発酵製法による日本酒です。しかし、参考資料も前例もないなかでの挑戦。フランス・シャンパーニュ地方へ趣いて現地で伝統製法を学び、完成までに実に700回もの失敗を重ねたといいます。

そして2008年、世界初の本格的なスパークリング清酒「MIZUBASHO PURE」が誕生。その後、2013年に満を持してヴィンテージ酒の「水芭蕉純米大吟醸 Vintage2004」を発売します。

“NAGAI STYLE”でテイスティングを堪能

さらに2014年には「Dessert Sake」を開発。従来のブランド酒「水芭蕉」や「谷川岳」を食中酒として位置付け、食前の乾杯から食後のデザートまで日本酒を共に楽しめるラインナップが完成。ワインの土俵において伝統的製法の日本酒で勝負しようという野心的な試みです。日本酒と食事のペアリングコンセプトは、先祖に敬意を表して"NAGAI STYLE"と名付けられました。

松美さんと「MIZUBASHO PURE」との出逢い

先駆的なawa酒「MIZUBASHO PURE」は、のちに永井酒造を二人三脚で担っていくことになる松美さんとの出逢いにつながります。

awa酒の先駆けとなった「MIZUBASHO PURE」

松美さんは、ワインと食、そして旅を起点として、アメリカ・カリフォルニアのワイナリー、ナパ・ヴァレーで仕事をしてきました。ソムリエ顔負けの知識を持つお客様に接するなかで、本格的にワインの勉強をするように。

「実は、則吉さんに出会うまでは日本酒が苦手だったんです。彼がナパ・ヴァレーに持ち込んだMIZUBASHO PUREをはじめて味わったとき、これまでの日本酒に対するイメージは完全に覆されました。まさに目から鱗が落ちた瞬間でした」と振り返ります。

松美さんがディレクションを手がける「MIZUBASHO Artist Series」

今では則吉さんの片腕として永井酒造のブランディングを担当する松美さんですが、未知の日本酒業界に入ることにためらいがあったそうです。「日本酒業界は保守的といわれていますが、それでも飛び込んでいけたのは、アメリカでの起業経験があったから。壁に見えていたものは実は扉で、その先には新たな楽しい世界が開けるとわかったとき、人生はもっと豊かになると思うんです」。

松美さんは、尾瀬の環境保全と女性のエンパワーメントを支援する想いを込めた日本酒の開発を手がけ、日本酒に苦手意識を持つ人にも、ぜひこの扉を開いてみてほしいと語ります。

おいしい日本酒と出逢う機会をいかに創り出すのか

日本酒の消費は、1973年をピークに現在は3分の1程度まで落ち込んでいます。そんななか、則吉さんが最大のマーケットとして注目しているのが海外市場、特に東アジアをはじめ米を食べる習慣のある地域です。

「米を主食とする文化圏に住む人々の身体には、“米のDNA”があると思うんです。おいしい米のお酒に出逢えさえすれば、心を動かされる瞬間が訪れるのではないか。そのためにも、おいしい日本酒と出逢う機会を増やしていくことが私たちの務めです」。

美しい田園風景を眺めながら日本酒をテイスティングできる「SHINKA」

国内外に日本酒の価値を伝える場として2023年に新たにオープンしたのが、テイスティングルームと醸造研究所を備えた施設「SHINKA」です。SHINKAという名前には、“真価(真の価値のある日本酒)”、“進化(日本酒の新しい価値を創造する)”、そして“深化(お客様との関係性を深める)”の3つの意味が込められているそう。

お酒を酌み交わすことで人と人の縁が結ばれていく

則吉さんいわく“日本酒は人と場所と文化を結ぶもの”。「世界中で戦争や紛争が起こるなかで、お酒は人と人を結ぶ潤滑油になれると思うんです」と松美さんも話します。

毎年最高のお酒を造るという気概に満ちたものづくり

国内外のコンクールで様々な賞を受賞し、高く評価される永井酒造。その秘訣は、則吉さんと松美さんの二人三脚はもちろんのこと、蔵人(くらびと)のクラフトマンシップにあります。「蔵人たちは、賞を取ったからといって満足するのではなく、常に“今年作ったお酒を超える”という志で酒造りに取り組んでいます。こういった心意気を持ちながら努力していく限り、これからも飛躍し続けていく可能性に満ちています」。

進化の歩みを止めず、永井酒造は挑戦を続ける

「ものづくりは山登りのようなもの。頂上にたどり着くと、さらに高い山が見えてくる。ここが頂点だと思った瞬間に、ものづくりは終わってしまう。クラフトマンシップを育てていくには、自分たちが若い世代に背中を見せていくことが大切です」と則吉さん。酒造のメンバー全員が情熱と共感を持ってさらなる高みを目指して造っていく……。一人ひとりの想いが、日本酒の未来を切り拓いていく原動力となっているのです。

田植えの時期、周辺には美しい田園風景が広がる

Otonamiのプランでは、テロワールツアーを通して、永井酒造の酒造りを育んできた自然環境と魅力的な日本酒のラインナップを体感できます。日本酒を味わいながら、その背景にある伝統と革新の酒造りを支えてきた永井酒造の心意気とクラフトマンシップに触れてみませんか。

永井酒造

1886年創業。利根川源流域に位置する群馬県利根郡川場村で「自然美を表現する綺麗な酒造り」をモットーに“水芭蕉”と“谷川岳”の2銘柄を展開。「伝統と革新」をテーマに、スパークリング、スティル、ヴィンテージ、デザートという4種類の日本酒を食事のコースに合わせて楽しむ独自のコンセプト「NAGAI STYLE」を提案。2023年には「全国新酒鑑評会」金賞、「International Wine Challenge」シルバー受賞など、国内外のコンクールで数々の受賞歴を誇る。

MAP

群馬県利根郡川場村門前713

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