Otonami Story

2025.3.12

植物と共に豊かで心地よい暮らしを。果てない探求心が導く新たな可能性。

Interviewee

NEROLIDOL 猪飼牧子さん

「植物のある暮らしと装いを」をコンセプトに、植物が持つ力を多角的に提案するブランド・NEROLIDOLの猪飼牧子さん。幼少期は都会で育ちながら、日々の生活のなかで植物の存在を身近に感じていたといいます。

やがて商社に勤めるも、「自分が本当にやりたいことは何か」と模索する日々。アロマとの出会いを経て、植物の世界へと引き寄せられた猪飼さんは、花やハーブ、エディブルフラワーに触れ、植物の可能性を追求してきました。

現在も蒸留技術などの学びを重ね、植物をより深く理解することで、ただ飾るだけではない、五感を使って体感する植物の魅力を発信しています。常に探求心を持ち続ける猪飼さんの、植物を巡る“Story”に迫ります。

SHARE

NEROLIDOLが紡ぐ、植物のある心地よい暮らし

花やハーブを扱うフローリストの枠を超えて、アロマ調香やエディブルフラワー料理のレッスン、植物を用いた空間演出など、多岐にわたり活躍している猪飼牧子さん。主宰するNEROLIDOL(ネロリドール)にて、植物の魅力を発信すると共に、新しいライフスタイルを提案しています。

ブランド名は、ビターオレンジの花から採れる精油「ネロリ」にも含まれる香りの成分に由来。人の幸せは何かひとつで成り立っているわけではない。だからこそ“NEROLIDOLもゲストにとって幸せの成分のひとつになれたら”という思いが込められています。

植物の息吹を感じるNEROLIDOLのショップ兼アトリエ

「植物を身近に取り入れる方法は、花を飾ることだけではないんです。香りや成分を使ったり、料理へ活用したり、植物を生活に溶け込ませることを意識しています」と語る猪飼さん。植物が持つ本来の力を引き出し、豊かで心地よい暮らしを創造するため、五感を使った感覚を大切にしているといいます。

様々な活動を通して、植物の魅力を発信している猪飼牧子さん

小さな庭が教えてくれた、暮らしに寄り添う植物の魅力

幼少期には、緑が少ない東京の都心部で育った猪飼さん。高層ビルがそびえ立つ街で、身近な自然といえば自宅にある小さな庭のみ。そこで唯一、猪飼さんにとって特別な存在だったのは、庭に植えられた一本のビワの木でした。

「ビワの木に登ると、まるで別世界にいるような気持ちになれたんです。枝の間に座って宿題をしたり、お菓子を食べたり。まさに秘密基地のような場所でした」。ビワの木の青々とした葉に包まれると、目に映るのは木漏れ日だけ。都会の喧騒から切り離されたその空間は、幼い猪飼さんにとって、心が安らぐ場所だったといいます。

都会で育ちながらも身近に自然を感じていた

当時は植物の存在を特別に意識することはなかったそうですが、大人になってから振り返ると、暮らしに自然と溶け込んでいたことに気付いたのだとか。「とても古い木造の家だったので、階段の下を活用した下駄箱や畳のい草の香り、柱の木材など、今思うと家のなかにも植物の気配があったんです」。庭の木や植物と共に過ごした時間が、猪飼さんの感性を育み、後に「植物のある暮らしと装いを」というブランドコンセプトへとつながっていくことになるのです。

理想と現実のはざまで思い悩んだアロマの世界

大学を卒業後、猪飼さんは商社に就職しましたが、「いつかやりたいと思えることを見つけたい」という漠然とした思いを抱えていたのだそう。そんなとき目に留まったのが、当時広がりを見せていたアロマテラピーの世界。「いい香りに囲まれて、なんだか素敵な仕事」という憧れから資格を取得し、アロマセラピストとしての道を歩み始めます。

しかし、理想と現実のギャップは想像以上に大きなものでした。「セラピストの仕事は、香りを楽しむだけではなく、お客様の体や心に深く寄り添い、適切な施術を行う知識と技術が必要。けれど、当時の私はそこまでの技量や覚悟がなかったんです」。資格を取ったものの、セラピストとしての経験が浅く、思い描いていた世界とは違う現実に直面します。

猪飼さんが植物の道へ進む原点ともなったアロマ。NEROLIDOLのアトリエには厳選されたエッセンシャルオイルが並ぶ

厳しい現実と向き合う状況のなか、働いていたアロマサロンが閉店することに。セラピストを続けるのであれば新しい職場を探すべきでしたが、猪飼さんのアロマへの情熱はすでに薄れていました。「もともと憧れから入った世界だったので、ここで一度区切りをつけようと思いました」。

セラピストを辞めた後、当時から並行して働いていた靴屋での接客やネットショップの運営など、植物とは無縁の仕事に従事。その経験で学んだ多くのことが、今のNEROLIDOLにおいても活きているといいます。しかし、猪飼さんの心には「いつかは自分の好きなことを仕事にしたい」という思いがくすぶり続けていました。憧れたアロマの世界から離れたことが、本当にやりたいことを見つめ直す機会になったのです。

憧れたアロマの世界を一度離れ、自分を見つめ直す時間が持てたという猪飼さん

植物を仕事に。学び続けて広がる可能性

そんなある日、趣味でつくったドライフラワーのアクセサリーを友人に見せたところ、「欲しい!」という声が増え、やがて「植物を仕事にできるかもしれない」という思いが芽生えていきます。そこで一念発起し、個人で活動するフローリストのアシスタントに専任。アロマの世界で挫折したことへの恐れもありますが、瓶に入った精油だけではなく「生の植物をもっと知りたい」という思いから、植物の世界に一歩踏み出した猪飼さん。アシスタントとして学びながら、マルシェに出店し手づくりのアクセサリーやアロマスプレーを販売するなど、植物を用いた活動を始めました。

しかし、植物の魅力を十分に伝えられているのか疑問を感じるように。「もっと身近に植物を感じてもらうにはどうしたらいいのだろう……。と考えるうちに、当たり前だけれど、人は食べたり飲んだりすることを一生続けるのだと気付いたんです。そこで、飲食の視点からも植物の魅力を伝えたいと思い、ハーブやエディブルフラワーについて本格的に学び始めました」。

猪飼さんがブレンドしたオリジナルのハーブティー。多くの人に植物の魅力を知ってもらいたい一心で学び続けてきた

「次は絶対に挫折したくない」。かつてアロマの道を離れた経験があるからこそ、得た知識を自分の言葉で伝えられるようになろうと決意。机上の学びだけではなく、身近な植物に触れ、香りや味を体感しながら理解を深めていきました。

現場で知る奥深い植物の世界

学びの過程で実際に農家を訪れ、植物がどのように育ち、どのような環境で成長しているのかを目にした猪飼さん。「それまでは市場に並ぶ植物しか知らなかったのですが、畑に足を運ぶことで、四季の移ろいや土地ごとの違いを肌で感じることができました」と振り返ります。育てる環境によって香りや成分が変わることを実感し、植物が持つ力にあらためて魅了されたといいます。

生花のアシスタントをする傍ら、様々な講義に参加したり農家を訪ねたり、技術だけではなく植物と向き合う姿勢や奥深さを知ったという

「学べば学ぶほど、わからないことが増えていく。でも、それが楽しいんです」。そう語る猪飼さんにとって、植物との向き合い方は一生をかけて探求していくもの。知識を深めると、新たな発見や可能性が生まれることに喜びを感じ、今もなお学び続けています。

こうして猪飼さんは、「植物を暮らしに取り入れる」というテーマをさらに進化させ、NEROLIDOLをオープン。花やハーブ、アロマを組み合わせた独自のアプローチを確立していきました。

「自分の好きなことを仕事にしたい」という思いが実現した瞬間

育て、香り、味わう。植物との対話がもたらすもの

猪飼さんは現在、畑を借り植物を育てることにも挑戦しているのだそう。「自分の手で土に触れ育てることで、季節と植物の関係をより詳しく学べるんです。なかなか頻繁には行けないですが、ただ仕入れるだけ、見学するだけでは気付かなかった変化も体感できて嬉しいです」と、植物の魅力に惹かれ続けています。

畑での経験は気付くことも多く仕事にも活きる

また近年は、ハーブをはじめとする植物の蒸留にも力を入れ、より多くの人に蒸留のおもしろさを伝えたいと考えている猪飼さん。「蒸留と聞くと難しく感じるかもしれませんが、焼酎などの蒸留酒をつくったり原油からガソリンを精製したり、私たちの身近にあるものをつくる技術なんです。体験してもらう機会を増やして、植物の可能性を広げていきたいですね」。

NEROLIDOLには植物を蒸留するための器具が揃っている

「植物はただ観賞するものではなく、暮らしのなかに活かすことで、その魅力が深まります」と語る猪飼さん。Otonamiの体験を通して、植物をより身近に感じてほしいといいます。「体験することで、植物が持つ様々な力に気付くことができるんです。ゲストの興味に寄り添いながら、新しい視点を持ち帰ってもらえたら嬉しいですね」。

Otonamiの体験ではハーブの蒸留について学び、オリジナルブレンドのハーブティーとフェイシャルクリームづくりが楽しめる

植物と共に歩み、学び続ける猪飼さん。その探求心はとどまることなく、これからも新たな可能性を切り拓いていくことでしょう。

NEROLIDOL(ネロリドール)

「植物のある暮らしと装いを」をテーマとする、下北沢のフラワーショップ。店主の猪飼牧子氏は、アロマテラピー、メディカルハーブ、蒸留、エディブルフラワーなどを通して、姿を変えながらも私たちの生活に寄り添ってくれている植物の魅力を伝える。ショップ内のアトリエでは、季節に合わせたフラワーアレンジメントや蒸留を学ぶクラスなど、少人数制の植物教室を定期的に開催。ドライフラワーやプリザーブドフラワーなど本物の植物を使用したアクセサリーは完全オーダー制。

MAP

東京都世田谷区代沢4-42-10

Special plan