Otonami Story
2023.5.29
消えゆくものをどう記録するか。繊細な審美眼で日常を拾い集め、詩と料理で映し出す表現者。
Interviewee
neutral 料理人・詩人 北嶋竜樹さん
京都・紫竹にアトリエ「neutral」を構える、料理人で詩人の北嶋竜樹さん。かつてミシュランの星付きレストランに勤め、現在は独自の解釈に基づく食事会〈脈絡のない料理〉でゲストをおもてなししています。
〈脈絡のない料理〉では、日常の些細な出来事について綴られた詩と、北嶋さんとの会話を交えながら、菜食を主とする8品の料理を味わいます。詩に呼応して作られる料理はどれも美しいアート作品のよう。しかし北嶋さんはその美しさを本質的な価値とはせず、「主役はあくまで食べ手の皆さんです」と語ります。
洗練されていながらも優しく、ウェルビーイング(Well-being)な感情をもたらす食事会は“禅”のようでもあります。北嶋さんがそのような食の境地にたどり着く過程には、どのような出会いや変化があったのでしょうか。才気煥発のアーティストの“story”に迫ります。
心の拠り所は「小さな世界」
大阪で生まれ、グラフィックデザイナーとして活動していた北嶋さん。お父様がテキスタイルデザインの仕事をしていたことから、なんとなくデザイナーを目指したといいます。
「当時はまったく社交的ではなくて、小さな世界にしか興味がありませんでした。幼少期は一人で絵を描いたり、道端に生えている植物で押し花をつくったりしていましたし、デザイナーになってからもまったく大成せず……。唯一の楽しみは、友人のインディーズバンドのCDジャケットをデザインすることでした」。
「CDジャケットのデザインは個人間レベルの創作でしたが、自由にデザインできることが楽しかったんです。いつかはこうした“自分が心地よいと感じること”を仕事にしたいと思うようになりました」と、北嶋さんは振り返ります。
アルバイト先での出会いにより運命の舵を切る
デザイナーから料理人へと転身するきっかけは、東京・六本木のイベントスペース「Super Deluxe」で訪れました(現在は閉店)。サブカルチャーの中心的存在だったこの場所では、新進気鋭の海外アーティストたちが煌びやかにパフォーマンスをしていました。裏方のアルバイトとして働いていた北嶋さんは、自分の好きなことを全身全霊で表現するアーティストたちの姿に強く心を打たれます。
さらに北嶋さんを運命へと導いたのは「Super Deluxe」の店長でした。プロの料理人ではないものの、スタッフのまかないを丹精込めて作りあげる気のいい人だったそう。「店長の姿を見て、料理している人ってかっこいいなと思ったんです。料理人を目指すきっかけは、本当にそんな些細なことでした」。
料理人の道に進むことを店長に伝えると「ダメならいつでもここに帰ってくればいい」と声をかけてくれたと、北嶋さんは当時の嬉しさをにじませます。
その後10年間、東京・青山のビストロや、『ミシュランガイド』の星付きレストランで料理人として修行に励みますが、20代後半かつ未経験からのキャリアチェンジは困難を極めました。
「特に星付きレストランでの5年間は苦しかったですね。自分の無知さを真っ当から否定されたし、使いものにならないとはっきり言われてしまいました。料理の知識や技術だけではなくて、そこにつながる人間性もすべて否定されてしまって……。でも、実際何もできていなかったので、反論できなかったんです」。
自分の料理は「何のために」「誰のために」
修行時代の厳しさと悔しさを心の着火剤に、料理人としての技術や知識を磨いていった北嶋さん。そしてたどり着いたのが、〈脈絡のない料理〉という独自の食のアプローチでした。ここにつながる気づきを得たのは、ごく最近だといいます。
「これまでは“なめられたくない”の一心で、料理の技術や知識ばかり追いかけていました。でもふと、この技術力の戦いに終わりはないんじゃないかと思ったんです。そこで原点回帰して、なぜ料理を作りたかったのか、誰を喜ばせたかったのかをあらためて考え直しました」。
北嶋さんが導き出した〈脈絡のない料理〉の根幹となるものは2つ。ひとつは「健康への意識」、そしてもうひとつは「自分の感性にフィットする人に届けること」です。
「ミシュラン時代を振り返って、料理を作る人間の健康が保たれていないとお客さんにおいしいものは作れないと思いました。そして“北嶋竜樹”という人間に触れることに価値を感じてくれる人にこそ、自分の料理を食べて喜んでもらいたいと思ったんです」。
北嶋さんは自身の食を極めるべく、京都にある築80年の古民家でneutralをオープンします。京都を選んだ理由は、新しいことに寛容なイメージがあったからだそう。靴を脱いで上がるneutralでは、物理的にも心理的にも距離が縮まります。北嶋さんの家にお邪魔するような感覚で、リラックスした時間を過ごせるのも魅力です。
流れていく日常にこそ美しいものが潜んでいる
〈脈絡のない料理〉において絶対的な存在である「詩」。そこには“消えてなくなるもの”を記録したいという北嶋さんの想いがあります。「料理はどんなに時間や手間をかけようと、消えてなくなる。僕はその消えてなくなるものをどう記録するかということに関心があります。食べ終わって何もなくなった時、たわいもない言葉だけが残っている。そこからどんな料理があったのか想像を巡らせるのは、文学的にも面白いし、考古学のような魅力もあると思うんです」。
詩の着想は、主に本を読むことや、自然に触れること、そして「日常茶飯事」といわれるようないろいろなことから得ているそうです。例えば「平坦な道で急につまずき、思わず笑ってしまった」というのも立派なアイディア。心が赴くままにメモに書き留め、詩、そして料理へと昇華させていきます。
「日々の営みはよほどのことがない限り残らない。でも流れていく日常にこそ、美しくて尊いものが潜んでいると思っています。誰も目を向けなかったことに光を当てて残すという意味でも、やはり言葉(詩)は大切です」。
食事会は個と個のつながりの場
訪れるゲストをひとりの人として迎え入れることをポリシーとする北嶋さん。〈脈絡のない料理〉での楽しみについて、「街で僕を見かけたときに “あ、北嶋さーん!” って声をかけてもらえるような、そういう関係性をこの場で築けたら嬉しいですね」と和やかな笑顔で語ります。
デザイナーから料理人へ、そして詩人へ……。北嶋さんの瑞々しい創造力と純朴な人柄に触れることのできる〈脈絡のない料理〉。穏やかながらも心の深層に響くひとときを、neutralでお楽しみください。
neutral
詩人で料理人のアーティスト・北嶋竜樹氏が主宰する、京都・紫竹にあるアトリエ。1枠1組のみをもてなす食事会〈脈絡のない料理〉を開催している。自身が精進料理の研究者でもあることから、自然由来の食材を使用し、料理を提供している。
MAP
京都市北区紫竹下高才町40-1