Otonami Story

2024.11.29

橋梁設計者から老舗酒蔵の代表に。異例の挑戦を支えた「酔狂」の心とは。

Interviewee

瀬戸酒造店 代表 森隆信さん

2019年、海外で開催された日本酒コンクール「Kura Master」や「インターナショナルワインチャレンジ」でのこと。ある無名の酒蔵が複数銘柄で次々に受賞し関係者を驚かせました。その酒蔵の名前は、神奈川県開成町にある老舗「瀬戸酒造店」。自家醸造の復活からわずか1年で果たした快挙でした。

瀬戸酒造店の再生を手がけた森隆信さんは、もともと建設コンサルタント会社の橋梁設計者という異例の経歴の持ち主。酒についてはまったくの素人だったといいます。そんな森さんが、酒蔵復活プロジェクトにのめりこみ、ついには自らが酒蔵の代表に就任、数々の美酒を生み出すまでには、多くの人との出会いと葛藤、そして協力がありました。

森さんを魅了した開成町と瀬戸酒造店の可能性、そして森さんの「酔狂」な情熱に引き寄せられた協力者たちの“Story”に迫ります。

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開成町の豊かな自然と清らかな水が育んだ、老舗酒蔵・瀬戸酒造店

神奈川県・足柄平野のど真ん中に位置し、豊かな田園風景とアジサイの花で有名な開成町。昔は酒米の生産が盛んで、酒田村と呼ばれた時代もあったそう。夏にはホタルが見られるほど清らかな水が流れます。

この開成町で1865(慶応元)年に創業した瀬戸酒造店。地元の米と水で代表銘柄「酒田錦」を醸造し、長らく地元民に親しまれた老舗の酒蔵ですが、1980(昭和55)年に人手不足で自家醸造を中断していました。

開成町の静かな田園地帯のなかに佇む瀬戸酒造店

瀬戸酒造店の酒蔵復活のプロジェクトが始動したのは、2014年頃のこと。「酒蔵復活を機に地元での酒米作りを再開し、開成町をもっと元気にしたい」という元町長の発案がきっかけでした。力を貸してほしいという依頼が都内の建設コンサルタント会社に持ち込まれ、後に瀬戸酒造店の代表となる森隆信さんの目に留まったのが、すべての始まり。お酒が飲めない森さんでしたが、「酒蔵復活による町興し」という依頼にピンとくるものがあったそうです。それは、森さんが育った地元のことを思い出したからかもしれません。

丹沢水系と富士山の伏流水がブレンドされた柔らかく清らかな水が、味わい深い酒の源

地元・波佐見町の躍進が、酒蔵復活プロジェクトへの自信に

森さんの地元、長崎県・波佐見町は歴史ある焼き物の町。とはいえ「波佐見焼」自体は長らく無名で、「有田焼」の名で安価で流通していました。窯元を続けることに不安を覚え、町を出る人も多くいたといいます。ところが2000年頃、全国を揺るがした産地偽装問題をきっかけに有田焼を名乗れなくなり、状況は一変。波佐見焼を守るべく町全体で観光や移住の誘致に力を入れたことで、次第に波佐見焼そのものが見直され、ブランドとして確立されていったのです。

瀬戸酒造店の代表を務める森隆信さん。橋梁設計者からの異例の挑戦だった

一方、大学卒業後は都内のコンサルタント会社で橋梁の設計者として働いていた森さん。地方創生部門へ異動となり、道の駅建設や空港民営化などに携わっていました。そこに開成町の酒蔵復活のプロジェクトが舞い込みます。地元・波佐見町に活気が戻る様子を目の当たりにしていた森さんは、開成町に地元と同じような未来像を思い描きました。

開成町の美しい田園風景。ここで生まれる酒を飲んでみたいという気持ちにさせられる

「開成町で暮らしてみると、田園に吹く爽やかな風や、聞こえてくる鳥の声、きれいな月明かりなど、四季を通して自然の営みをダイレクトに感じられます」と町の魅力を楽しそうに話す森さん。町の資源と伝統を活かして良いものを作り上手く発信すれば、きっと多くの反響があるはず、という自信と可能性を感じたのです。

突然訪れた人生の転機。役職も仕事も手放して、地元の人が自慢に思える酒造りを

当初はコンサルタントとしてプロジェクトに関わっていた森さんですが、資金が足りず販路もないことを不安に思った蔵元から「やっぱりやめたい」と断られてしまいます。思わず後先考えず「うちの会社がやるならどうですか?」と聞いたという森さん。2年近くかけて会社を説得し、ついに酒蔵を子会社化。森さんは当時の役職や仕事を手放し、責任者として酒蔵に入ることを決意します。日本酒造りの素人が酒蔵の自家醸造復活を目指すという、前代未聞のプロジェクトがここに始動しました。

酒蔵の代表がすっかり板についた森さんだが、就任当初は知識もなく綱渡りの挑戦だった

酒造りのノウハウがない森さんは、東京農業大学醸造科学科の教授に教えを乞いますが、はじめは真面目に取り合ってもらえませんでした。それでも粘り強く通い続け、ついに古い酒蔵から採る「蔵付き酵母」と、開成町の町花から採る「アジサイ花酵母」を使って日本酒を造るというアイディアを得たのでした。

アジサイ花酵母は、「開成町あじさい祭り」の会場に咲いている花から採取した

「人々が地元を誇らしく思えることこそが、町を元気にする秘訣。そのためには、水やお米だけでなく、酵母も地元に根付いたものを使い、地元の自慢になるような酒を造りたかったんです」と森さんは当時を振り返ります。

杜氏と目指したのは、とにかくうまい酒。「酔狂」が生んだ名酒の数々

井戸を掘り、酒蔵の建て替えにも奔走した森さんでしたが、最も重要な杜氏がなかなか見つかりませんでした。最終的に巡り合えた小林さんは、たまたま関東への移住を希望していたベテランの杜氏で、管理の難しい軟水での酒造りを得意とする、まさにうってつけの人材でした。

蒸米を行なう小林杜氏。伝統的な和釜での蒸米を再現した希少な機器を駆使している

誠実で職人気質の小林さんに森さんが出した注文はたったひとつ、「とにかくうまい酒を作ってほしい」ということ。森さんも、そのために必要な設備は多少無理しても揃えました。2人が目指したのは、大量生産で利益を出す酒造りとは正反対の、「酔狂」ともいえるこだわりの酒造りでした。

箱麹法により丁寧に作られる麹。一つひとつの工程に、小林杜氏のこだわりが詰まっている

2019年、蔵付き酵母と地元の酒米を使った新生「酒田錦」、アジサイ花酵母を使った爽やかな味わいの「あしがり郷」、これに小林さんの技術と自由な発想を駆使した8種類の酒「セトイチ」を加え、瀬戸酒造店の新酒が完成しました。


試しに海外のコンクール「Kura Master」や「インターナショナルワインチャレンジ」に出品したところ、初年度に複数の銘柄が上位受賞するという快挙を達成。その後も同コンクールや「Oriental Sake Awards」などで、醸造するほぼすべての銘柄が次々に受賞し、醸造再開から5年目にして世界酒造ランキングで9位にランキングされるなど、世界から大きな注目を集めています。

次世代、そして世界へと伝えたい日本酒と開成町の魅力

瀬戸酒造店の日本酒は、ラベルやキャッチコピーのおしゃれさも特徴のひとつ。「普段日本酒を飲まない人にも手に取ってもらえるように、直感でおいしそう、楽しそうと思ってもらえるように工夫しています」。

聞けば、デザイナーやコピーライター、カメラマンに杜氏を交えた合宿のような熱い話し合いの末に商品が生み出されているのだそう。人生をかけて瀬戸酒造店と開成町の未来に向き合う森さんの「酔狂」な情熱が、次第にプロジェクトに関わる人たちにも伝播し、大きな熱量を生んでいるのです。

ラベルや名づけにもこだわった瀬戸酒造店の酒は、日本酒になじみのない若い人からも支持を集めている

再開から間もない瀬戸酒造店ですが、地域の人と共同で麹や酒粕を使った製品を開発したり、近くの古民家「あしがり郷瀬戸屋敷」で地元の農産物や発酵食品を販売に取り組んだりしています。2024年6月には、開成町の豊かな自然を感じながら日本酒を楽しめるように、酒蔵全体を「Sake Terrace」として開放する試みもスタート。地元の人との交流も深まっています。

素朴で温かみのある「Sake Terrace」の様子。開成町の自然を感じながら日本酒を味わえる

森さんに今後の展望を聞くと「お酒は、コミュニケーションのツールのひとつ。開成町を訪れる人が町の人と交流したり、おいしいものに出会ったりするきっかけに瀬戸酒造店がなれたらいいですね」という答えが返ってきました。Otonamiの体験プランでは、醸造施設の見学や、開成町の農産物や発酵食品とのマリアージュを堪能できます。開成町に足を運び、日本酒の楽しみ方を一層広げてみませんか。

開成町の雰囲気を味わってほしいと、Otonamiの体験プランでは希望すれば駅から醸造所までトゥクトゥクで送迎してもらえる

瀬戸酒造店

1865(慶応元)年に創業した老舗酒蔵。1980年から中断していた自家醸造を2018年に再開。開成町の美しい自然や豊かな資源を生かし、伝統的な醸造技術を駆使した日本酒で評判を呼んでいる。「Kura Master」や「インターナショナルワインチャレンジ」など、数々のコンペティションでの受賞酒多数。

MAP

神奈川県足柄上郡開成町金井島17

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