Otonami Story
2022.02.21
時代を超えて愛される。職人の手仕事が生む、優美な京友禅の世界。
Interviewee
彩琳/富宏染工 代表取締役社長 藤井友子さん
豊かな色彩と緻密な文様の華やかさが魅力の友禅染。伝統的な友禅染の着物は、すべての工程を職人の手仕事で行う一点ものを基本としてきました。しかし現在、私たちが目にする着物のほとんどはインクジェットプリントによる印刷品。手描きで染められたものはほんのわずかとなっています。
昔ながらの伝統的な製法を受け継ぎ、手仕事による着物づくりを続ける老舗京友禅染匠『彩琳株式会社(富宏染工株式会社)』。2代目当主を務める藤井友子さんは、「今、本物の着物に触れられる機会が減っています。だからこそ手間と時間をかけて生み出された着物の素晴らしさを知ってほしい」と話します。
彩琳がお届けするのは、熟練の職人に教わる「友禅袱紗」の色絵付け体験。好みの色を選び、刷毛を使って少しずつ白生地を染めていく作業に、体験した人たちは皆夢中になります。京友禅の真の世界を存分に堪能できる特別な体験に秘められた“story”に迫ります。
父から娘へと託された手描き友禅の未来
京都・蛸薬師通りの一角に工房を構える彩琳。「60年以上前、父の藤井寛が学生時代に起業したのが彩琳のはじまりです。昔はお中元やお歳暮に着物の白生地を贈る文化がありました。その白生地に好みの色や柄の友禅染を施して着物に仕立てるのですが、下絵師だった祖父のもとで技術を学んだ父は、知り合いの先生の着物作りをお手伝いするようになったそうです。その後、私が小学校に上がる頃に工房を立ち上げました」。
白生地が着物として完成するまでには、約15の工程があります。彩琳では、それらすべてを職人の手仕事で行う手描き友禅によるものづくりを続けています。確かな技術が生み出す美しい着物は多くの人を魅了し、寛氏が手がける「藤井寛のきもの」は皇室御用達の逸品としてその名を馳せるまでになりました。
藤井友子さんが当主となったのは2020年夏。「京都では長男が家業を継承するのが定説で、私は一人娘だったこともあり、跡を継ぎなさいとはっきり言われたことはなかったんです。折に触れて継いでほしそうな雰囲気は感じていましたが、気づかないふりをしていました」。
しかし時代が移りゆくなかで着物離れが進み、業界が厳しい状況に置かれていることは理解していました。「“ずっとこのまま”というわけにはいかない」。そう感じた藤井さんは、お父様から経営のバトンを受け取ったのです。
絵画のような美しさを多彩な色づかいで表現
友禅染の技法は、江戸時代に活躍した扇絵師・宮崎友禅斎が生み出したものと伝わります。防染(染液の染み込みを防ぎ、他の部分を染色して模様を表す布の染色法)のために糊を使うところが大きな特徴で、多色づかいによって豊かな色彩表現ができる世界的にも類を見ない技法です。「友禅染はひとつの作品を一人の手で作るのではなく、工程ごとに職人が携わるのも特徴です。それぞれの職人の技術が結集して完成するところに良さがありますね」。
藤井さんが担う「染匠」とは、着物作りにおける全工程を統括する役割。「友禅染の着物は、日本的な価値観や美意識をビジュアルであらわしたもの。彩琳では古典柄の着物を多く手がけ、大和絵や日本画の流れを汲むような色柄を表現しています。着物のかたちに仕立てられた振袖や訪問着ですが、広げてみると一枚の絵に。衣服でありながら、いわば美術品を身にまとっているんですよね」と、より良い作品を生み出すために日々あらゆるものに目を向け、インスピレーションを得ているといいます。
新たなブランドを通して手描き友禅の可能性を広げる
彩琳ではフォーマルなお誂え品を中心に手掛けてきましたが、藤井さんが当主となってからは、着物をより身近なものとして、その魅力を広く知ってもらいたいと、新たな取り組みをスタート。カジュアルに着られる着物や普段使いできる小物類をラインアップした〈RITOFU〉に、手描き友禅のファブリックを中心に扱う〈IROMORI〉と、世界観の異なる2つのブランドを立ち上げたのです。
「彩琳が誇るべき技術はたくさんありますが、手描き友禅の魅力をもっとも発揮できるのは、やはり着物です。そこでまずは手描き友禅とはどのようなものなのか、日常的に使えるアイテムを手に取って色や質感に触れてほしいと考えました。〈RITOFU〉や〈IROMORI〉が、私たちのものづくりへの想いを知っていただくきっかけになったら嬉しいですね」。
一つひとつの着物に秘められた物語を後世へ
京都には友禅染をはじめ、数多くの伝統工芸があります。それらは昔から当たり前のように存在してきたように見えますが、何もせずに自然と続いてきたわけではなく、職人たちが大切に守ってきたもの。「本質的な価値のあるものをいかに後世へと継続させていくかが、私にとって大きなテーマです」と藤井さんは話します。
良い着物は何世代にもわたって大切に身に着けることができます。そして着物を受け継ぐことは、そこに込められた家族の想いを受け継ぐことでもあります。母から娘へ、親から子へ。着物としての美しさとともに、根底に流れている価値観や美意識も、世代を超えて脈々と伝わっていくのです。
「世の中の変化に柔軟に対応しながらも、昔ながらの職人の手仕事による丁寧なものづくりは変わらずに続けたいですね。美しい着物を通して、家族の物語を紡いでいくお手伝いができたら……」。それが藤井さんの目指すところです。
老舗京友禅染匠だからこそできる唯一無二の体験を
彩琳が提供するのは、熟練の職人の手ほどきによる手描き友禅の色絵付け体験。1日3名限定の特別なプランで、Otonamiオリジナルデザインの友禅袱紗を製作します。男社会といわれるものづくりの世界にありながら、彩琳の職人はほとんどが女性。伝統工芸の話に花を咲かせながら、心ゆくまで体験をお楽しみいただけます。
当初は観光で京都を訪れた方がお友だち同士で楽しむことを想定していましたが、おひとりや親子、女性はもちろん男性の参加者も多いのだそう。「様々な視点から友禅染に興味を持ってくださり、新たな出会いの場となっていることを嬉しく感じています。友禅袱紗はご自分用としてだけでなく、贈り物にされる方もいらっしゃいますよ」。
藤井さんはこのプランに手描き友禅ならではの表現の美しさと、それを形づくる美意識を感じ取ってほしいという想いを込めています。「美しいものを美しいと感じ丁寧にものづくりを行うことは、これからの時代の人々にとって大事な価値観となるのではないでしょうか。本物の着物に触れ、自分の手で時間をかけてものづくりをした体験が、素晴らしい思い出になればと願っています」。華やかさの中に気品が漂う手描き友禅の魅力を、彩琳での体験を通して感じてみませんか。
彩琳株式会社(富宏染工株式会社)
約9割の着物がインクジェットプリントを占めるなか、手仕事による最高級着物ブランド「藤井寛」や振袖を卒業した女性のための「ritofu」など、複数ブランドを展開。体験開催地である「彩琳Kyo-Yuzen工房」では、多彩な色彩や繊細な文様の美しさが世界中で人気を博す京友禅の着物を制作している。
MAP
京都市中京区蛸薬師通新町西入不動町175-8