Otonami Story

2021.04.09

漆を世界のニューノーマルに。京都の老舗から新時代への挑戦

Interviewee

堤淺吉漆店 専務 堤卓也さん

スケートボードやサーフボードに自転車など、ストリートカルチャー、サーフカルチャーに根付くアイテムに、古くは縄文時代から日本の暮らしと文化を支えてきた「漆」を塗る。

誰も試みたことがないであろう自由な発想を持って、漆を世に広めるべく様々な活動をされている堤淺吉漆店の堤卓也さん。元々、漆を精製する家業を継ぐつもりはなく、北海道で農業を学び、海外でもエクストリームスポーツに熱中していた堤さんが漆を生業にした経緯には「おじいちゃんが魔法使いみたいでカッコ良かった」という過去の体験があるようでした。広い世界を見渡し、漆と幼少の頃から日常生活を共にしてきた堤さんだからこそ持てる視点で、「漆」という文化は今、新しい一歩を踏み出そうとしています。そこに至るまでの”story”を伺いました。

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1万年以上前から生活に溶け込んできた「漆」の現在。

現在では高級品として扱われている漆器。その歴史は古く日本国内では縄文時代から漆を活用していた痕跡が確認されています。仏像や芸術品にも利用される加飾性のみならず、お椀やお箸といった耐久性が求められる食器にも利用されていた漆は、古来より日本の暮らしを艶やかに彩ってきました。

市販や付録の木製食器に漆を塗った物
▲堤さんが普段から使用している食器も、市販や付録の木製食器に漆を塗った物

「歴史は古いですが、漆の木って実は弱くて、ちゃんと育てないと生存競争に負けてしまうんです。それが現代にも残っているということは、1万年前から人に必要とされ大切に育てられてきたということ。それくらい歴史と文化があるものなんです」。そう話す堤さんの声には、静かに熱い誇りのようなものを感じます。しかし、漆が置かれている現状は決して甘いものではないようです。

漆の精製をする工場の様子
漆の精製をする工場の様子。独特な漆の樹液の香りが心地いい

1975年には国内での漆の消費量は515tほどでした。それが2020年には30tにまで減少。さらに、国産漆の消費量もおよそ1.8tまで減っており、もはや産業とは言い難い数値にまで落ちてきているといいます。

「山に行って漆掻きさんに会いに行くと70代以上の高齢の方しかいない。このままでは、漆には10年後の未来もないと感じました。伝統を残していくためには、漆の精製をしているだけじゃなく、何かアクションを起こさないといけない」。漆を普及させ、職人の技術を次世代へと継承していく、堤さんの活動が始まります。

“beyond tradition”工芸を超えた先にある繋がり

「まずは多くの人に漆の存在をより身近に感じて欲しい」という思いから「うるしのいっぽ」というメディア活動を始めた堤さん。しかし、はじめは思うようなリアクションを得られなかったそうです。

紙媒体やWeb上で、イベント情報や活動報告も発信する「うるしのいっぽ」
紙媒体やWeb上で、イベント情報や活動報告も発信する「うるしのいっぽ」

「まずはなんでもやってみようと、映像やWebサイトを作ったり、講演会もやりました。ありがたいことに反響はいただくものの、それは工芸関係者からばかり。漆に興味がない人にも、DIYのような感覚で楽しめる漆の魅力を伝えていきたいと、より強く感じるようになりました」
そんな想いを届けるべく「工芸を超えた活動をしていくべき」と感じた堤さんは、まず愛用のスケートボード、次いでサーフボード、自転車にも漆塗りを試みます。

漆を保管する倉の奥に、ひっそりと立てかけられていたボード
漆を保管する倉の奥に、ひっそりと立てかけられていたボード

「漆を塗ったスケボーや自転車をアイコンにメッセージを発信すると、周りからもカッコイイと思ってもらえました。デニムや革のように、漆も使い込むほど色艶が増してカッコよくなっていく。海外ではアーティストのように扱われ、日本の技術に対するリスペクトを感じました」工芸を超えて、国を超えて漆の魅力を伝えていく、こうした想いを“beyond tradition”と掲げ、その想いに共感した仲間たちと、漆の原料となる木を育む山作りや、消費者と職人を繋げるプロジェクトを進めています。幅広い分野で活動されている堤さんですが、そのルーツは意外なものでした。

ライフワークと幼少の記憶がリンクし、漆の道へ。

実はかねてより家業を継ぐつもりはなく、別業界で活躍されていた堤さん。「学生時代は北海道で農業を学んでそのまま就職したので、京都に帰ってくるつもりはありませんでした。そしたら実家から手伝ってくれと連絡があって」そんな背景からか、当初より漆に対しての知識や想いがあったわけではないそう。

「爺ちゃんが壊れたものをよく漆で直してくれていたんです。粘土で作った飛行機の折れた羽根を漆で付けてくれたり、竹トンボが漆塗りになったり。和紙で折った折り鶴を置いていたら翌日には漆が塗られていて、魔法使いみたいでカッコよかったんですよ」そういった幼少の頃の記憶と、ライフワークとしていたエクストリームスポーツに共通する“自然との共生”から、漆の世界にハマったそう。

株式会社 堤浅吉漆店 専務 堤 卓也さん
漆の精製屋としてサーフ雑誌に取材をされたこともある堤さん

実際に漆の精製をはじめると、練るほどに現れる重量と質感の変化や、湿度をはじめとした外的な要因によって、全く同じ状態を再現することができない漆の特性に直面します。「サーフィンには、波に振り回されて自分の思うようにいかない面白さがあるんですよ。波も漆も自然物という視点では似ていて、良い波・良い漆も完全にコントロールすることは難しい。自然の遊びの面白さと漆の特性がリンクして、漆の産地まで実際に足を運んだり職人さんに話を聞く内に、すごく面白くなって」。多彩な経験からなる感性と幼少の頃の記憶が、漆を使った既成概念にとらわれない堤さんならではのアプローチを実現しているのかもしれません。

練り方一つでその姿を変えていく漆
練り方ひとつでその姿を変えていく漆

これからのライフスタイルに合う「漆」を世界へ。

物を大切にする日本文化や、持続可能なものづくりを目指す今の世界の考え方とも合致し、これからのニューノーマルとしても期待されている漆。堤浅吉漆店ではそんな漆をより多くの方に触れていただけるように、万年筆の漆塗り体験を提供しています。今後、万年筆以外の様々な木製品への漆塗り体験がローンチされる予定とのことです。

自ら漆を塗ることで愛着も持ちながら長く時間をともにできる。
自ら漆を塗ることで、愛着を持ちながら長く時間をともにできる

「見た目は知っていても、肌触りや質感を知らない人が多い漆ですが、実際、赤ちゃんの肌のようにしっとりサラサラしていて人間の肌との親和性が高いんです。高級で繊細なイメージから、日常でガンガン使い倒していく本来の姿も知ってほしいですね」と語る堤さん。連綿と受け継がれてきた技法を体験できる“漆への一歩”を、堤淺吉漆店で踏み出してはいかがでしょう。

堤淺吉漆店

京都・間之町通り。仏光寺さんの程近く、南北に走る細い通り沿いに位置する。明治42年創業以来、採取された漆樹液(荒味漆)を仕入れ、生漆精製から塗漆精製、調合、調色を一貫して自社で行う、漆のメーカー。受け継がれてきた伝統の工法に加え、新たに開発した高分散精製工法を駆使し、お客様のニーズに応える漆を提供する。

MAP

京都市下京区 間之町通松原上る稲荷町540番地

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